お隣の席になってから一週間たつけど、会話皆無。かいわかいむ。なんかこれ面白い。いやいやそういうこと言ってる場合じゃなくて、せっかくお隣さんになったから、お近づきになりたいじゃないか。でもわたしと折原くんの間に話を分かりあえるような話題があるとは思えないし、なにしろ、わたしはとても緊張しているので、きっと言葉をうまく発することができないだろう。現に朗読するときに何回も舌を噛んでしまった。痛かった。





Act02 実はきっとやさしい人





「大丈夫?」
「え?」

わたしが朗読を終え、椅子に座ると隣にいた折原くんがわたしに話しかけてきた。初めはわたしに話しかけているなんて思いもしなかったから、ぶんぶんとあたりを見回してみたんだけど、折原くんはわたしのことを見ていて、ぶんぶん見回したわたしが面白かったのか、笑いながら「木村さんのこと」と指差した。確かに舌噛みまくったけど、大丈夫だったよ!上手く朗読できなかったから、恥ずかしくて穴があったら入りたくなったけど、大丈夫だったよ。鉄の味してないから、血も出てないみたいだし。話しかけられたことが初めてで、頭の中でなんて返したらいいか模索して、会話が成り立つように言葉を組み立てていくんだけど、何分、緊張しているもんですから、その組立作業が上手くいかなくて、何度も途中でバラバラと崩れていく。返事言うまでにどれくらい時間がかかってしまってるんだろう。カチッと時計の針が進んだ音が聞こえた。「大丈夫だよ」散々悩んで、考えて、出した返事がたったの一言で、自分に悲しくなった。なんでもっと気の利いた一言、言えないんだろう。わたしのばかばかばかちん!こんなんじゃいくらがんばったところで折原くんに振り向いてもらえないよ。あー、折原くん、髪の毛サラサラだなぁ。睫毛長いなぁ。なんで学ランなのかなぁ。似合ってるよ、すごく。鎖骨エロいなぁ。「そう、ならよかった」折原くんはそう言って、黒板の方を向いた。わたしもつられて黒板を見る。先生がチョークで文字を書いては消していく。そう言えば次の授業数学だ。宿題してないや。初日に宿題も頑張るなんて意気込んでいたけど、まったくもってやっておりませんごめんなさい。こっそり机から数学の教科書と宿題のプリントを出す。ああだめ、全然分かんない。座標って何?X軸とかY軸とか意味が分かんない。シャーペンを机に置いて、頬杖して考えてみる。考えてみたところで、数学の苦手なわたしにはただの式がただの数字の数列にしか見えない。教科書を見て公式とかに当てはめてみるも、結局は解けなくて、いい加減いやになってくる。横を向けば、まじめに授業を受けている折原くん。きれいだな。

「・・・?木村さん?」

ふいに折原くんがわたしの方を向いて、名前を呼んだ。しまった!またずっと見てたから、さすがに視線に気づいたんだ!やってしまった。きもちわるいおんなだと思われてしまうかもしれない・・・。そんなの嫌だ。わたしは慌てて視線をプリントに移すと、「そう言えば、数学の宿題なんてあったね」と折原くんは言った。

「しゅ、宿題してないの?」
「うん。すっかり忘れてた」

折原くんもわたしと同じようにこっそり机からプリントを取り出すと、さらりさらりとシャーペンを動かして問題を解いていった。ものの五分経たないうちに、すべての問題を解いたようで、またそのプリントを机に戻した。分かってはいたけど、知ってはいたけど、折原くんはものすごく頭が良い。それを目の当たりにして、ぽかーんと口をあけているわたし。わたしはずっとうんうんと悩みながらプリントとにらめっこをしていたのに。折原くんはあっさりと簡単に、問題を解いてしまったのだ。

「教えてあげようか」

悩んでいるみたいだから、君。と折原くんは続けて、机を寄せた。


(心臓口から出てきそう)
それくらい心臓がどきどき激しく動いて、汗が吹き出しそうだった。






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