寝たふりを、しています。





「行ってきます」

ディーノの声が小さく響いた。
あたしのおでこに確かな熱を残し、彼はあたしが起きる何時間も前に仕事に行く。昨日だって夜遅くまで仕事をしていたのにね。朝も早くて、夜も遅くて、寝る暇なんてほとんどない。マフィアのボスってそんなに忙しいのかな。


パタン、と扉の閉まる音が聞こえて、あたしは上体を起こした。頭はまだ半分眠っていて、少し重たい。目を擦り、彼が開けて、出て行った扉を見た。
彼はこうして、あたしが眠っているときにキスをする。普段あたしがちゃんとしたキスができないから、なのかもしれない。彼はあたしが眠っているって信じてキスをしているんだろうな、本当は起きてるってこと、気づいていないんだろうな。それが良い。


彼にキスをされることがとても怖い。浮気のこと、気にしてないって、気にしないって、思い込ませていたのに、やっぱりそれは無理で、キスをされそうになるたび、どうしても避けたくなってしまう。
あたしはディーノが好き。でもそれだけじゃ乗り越えられないくらいに、あたしと彼の間には壁ができてしまったようだ。その壁をひょい、と乗り越えることも、壊すことも、あたしにはできない。

なのに、あたしは彼とキスをすることがとても幸せで、嬉しくて、好きなんだ。


矛盾している。




あたしが寝ていれば、彼はキスがしやすいだろう。寝たふりをしていれば、あたしはキスをされたことをとても幸福に思うだろう。


今ならそれで良い気がしたんだ。今すぐ壁なんて乗り越えなくて良いと思ったんだ。ちょっとずつ、ディーノを許して行けば、きっと元通りになれるって、信じていたんだ。


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