口約束も、紙切れも、キスも、この指輪だって、なんの意味もないものになってしまった。ディーノが他の女と、寝た。

付き合い始めたときから、決めていたことがある。ディーノが浮気したら、ディーノが愛人作ったら、別れようって。ディーノはきっと嫌がるだろうけど、そんなことをずっと心のなかにおいておいた。そんなことはあるはずないだろうと思いながら、どこかでディーノを疑っていたんだね、わたしは。ディーノは浮気なんてできないひとだとおもう。優しい人だから。だから浮気をしてしまったら、それは本気になってしまうんじゃないかな、って感じていたんだ。ディーノがあたしじゃない誰かに、恋をしてしまったのならあたしは、いらないものになってしまうから。
だけど、分かっていてもここ数日間、ディーノには何も言わずにいた。ちがう、言えずにいたんだ。頭では理解していても、心が理解していない。ディーノの浮気。そんなの嘘だってどこかでおもってる。だから、言えずにいた。だけど言わなきゃな、って。決めたんだ。ディーノと別れます。


国際結婚は断固として反対!とかいう頭のお堅いおとーさんを必死に説得しにきてくれたディーノ。毎日のように、仕事そっちのけで日本に来てくれて、死ぬほど嬉しかった。そんなディーノだからこそ、結婚しようって、ううん、結婚したいって、思ったんだ。あのころのディーノはどこにいってしまったのだろう?あのころのあたしは、いったいどこにいってしまったのだろう?戻れるのなら戻ってしまいたかった。ディーノと出逢う前の自分に。目の前で起こっていることから、目を背けたかった。背けていても、いつか直視しなければならないときが来るだろうとおもっていた。

もし、あの時セックスしなかったら。別の部屋で寝ていたのなら。ディーノが寝る前にあたしが眠っていたら。イタリアへこなかったら。結婚をお父さんが止めてくれたら。ディーノと付き合わなければ。ディーノに恋をしなければ。ディーノを愛さなければ。ディーノに出逢わなければ。もし、たら、れば。そんな言葉を続けて言ったらキリがない。キリがないから苦しい。悲しい。





気持ちを吐き出したとたん、気持ち悪くなってしまった。驚きからかあっけなく絶頂に達してしまったディーノがいる。白濁の液体があたしのナカに注ぎ込まれる。(妊娠しませんように)そんなことを瞬時に考える自分が嫌いだが今は好都合だと思った。萎えてしまったディーノのソレはあたしのナカにいた。ディーノの目は大きく開かれ、あたしを凝視している。驚きの色を隠せないでいた。

「な、に言ってんの」
ディーノは少しどもった。
あたしたちはその状態のままは話した。

「このあいだ、ディーノの寝言で、聞いたの」

声が泣き声にならないように、一語一語、切って喋る。

「・・聞きまちがい「じゃないよ」
言葉を遮った。


聞き間違いなんてない。忘れたくとも、忘れられない。頭の中に妄想リリアがいる。時には髪が長く、時にはせが小さく。あくまでもシラを切ろうと、隠そうとしているディーノに腹が立った。隠さずとも、もう知ってる。隠すことなんて、ないじゃないか。


「ごめん」


パシン、と乾いた音が部屋に響く。あたしがディーノの頬を叩いた音。そんなに心は広いほうじゃないし、嫉妬深いし、よく寂しがる。体ばかりが大人になって、頭や心はまだ子供なんだ。そんなことを痛感する。ディーノがあたし以外を見ているなんていやだ。ディーノがあたし以外の女を抱くなんてもってのほか。ディーノがあたしいがいの誰かの唇に触れるなんて想像できない。でもあってしまったことなのだ。

リリア、あの名前を聞いてから、あたしは変わってしまったのかもしれない。いや、もっとずっと昔。ディーノを疑い始めた、そのときから。あたしは少しずつ変わっていってしまったのかもしれない。ディーノのメールのロックフォルダにあった、メール。ごめんね。見てしまわなければ良かった。わがままでごめんね。ディーノ。


「アミ、ほんとうにごめん」


もういいよ、と小さくつぶやく。本当にどうでもよかった。ディーノの汗ばんだ体を押して、シーツを一枚、体に巻きつけ、あたしは何も言わずに部屋を出た。今は一人になりたかった。
パタン、とドアを閉めたとたん、涙が出た。歩くこともできずその場に崩れるように座った。涙が溢れた。あたしの体はまだ水分がたくさん残っているらしい。心はこんなに渇いているのにね。



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