彼女が消えた。(手紙を残して)


目が覚めたら隣で眠っていたはずのアミがいなくなっていた。別に変なことじゃない。朝ご飯作りにキッチンにいるのかもしれないし、シャワー浴びているのかもしれない。
窓、カーテンの隙間から黄色い光が差し込んでくる。(まぶしい)目がチカチカした。水の音は聞こえない。彼女はどこに行ってしまったのだろうか。

ふと、目に留まる、白い紙。
日本語で書かれた文字の羅列。ところどころ滲んでいる、万年筆で書いたであろうアミの整った文字。日本に帰ります、という言葉から始まっていた。ちょっと待て、日本に帰る?アミは留学に来たんじゃなかったのか。まだ卒業なんてしていないだろう?なぜ、日本に帰る。

手紙だ、と思った。俺宛に書かれた手紙。何通ももらった。アミから何通ももらった。今までもらった手紙にはこんな滲んだ痕なんて残っていなかったし、途中文字が歪むことも無かった。会いたいと言う気持ちで溢れていた手紙だったが、この手紙はそうじゃない。俺から、離れたい。その気持ちが見えた。



ちょっと待て、何故?




シャワーを浴びる。二人で入った少し狭いバスタブも今は広々使える。ひとりだ。俺は、一人だ。アミがいない。ここにはアミがいない。アミは日本に帰ったんだ。アミは、アミは、アミは。

アミは日本のどこに住んでいる?住所は?何も知らない。家族構成は?なにもし ら な い。知ったフリして俺は何も知らなかった。

頭から冷たい水をかぶる。ブルッと体が震える。タオルで無造作に頭を拭き、体を拭く。ポタポタ、と髪が束になり、水を滴らせる。パンツを履く、スラックスを履く、Yシャツに腕を通す。髪から流れる水が滲む。





俺はアミに、何を望んでいた?俺はアミを、京子だと思っていた?俺はなんで、アミと過ごしていたんだ?


指輪も、ピアスも、ネックレスも、ブレスレットも、手紙と一緒に置いてあった。アミはもう、イタリアにはいない。
寝起きで働かない頭を必死に動かす。俺はアミにそばにいてもらいたかったんだ。京子として?ちがうアミとして、そばにいて欲しかったんだ。じゃあ何故、何故俺は、


背広を羽織る。ネクタイを締める。ベッドに寝転がる。


休みが取れたと言うと、泣きながら「嬉しい!」と言ったアミはいない。ちょっとした有名な料理店に行って、美味しいご飯食べて「おいしい!」って笑ったアミはいない。身に着けるものプレゼントして、すぐに身に着けたアミはいない。何故?俺が、悪い。





「アミ・・・」


ここにはもう、名前を呼べば「なあに?」と笑いかけたアミはいない。いないのに呼びたくなるのは何故だろう。だめだ。アミがここを去った意味が分からない。俺がそばにいてほしかったんだ、俺がそばにいたかったんだ。京子として、アミを見ていた?そんなわけない。アミを京子と重ね合わせていた?そんなわけないのに。


だけどもしかしたらそうだったのかもしれない。どこかで京子を求めていたのかもしれない。気持ちが顔に出やすいところ、京子と良く似てる。自分のことより相手のこと優先するところも。痛みを分け合おうとするところも。似てる。確かに似てるけど、アミは、アミで。京子は、京子で。違う人間で、京子はもう世界中どこを探してもいなくって、

目じりを下げて、口角を上げて、笑う。似てる。アミと京子は、確かにどこか似ていた。


だから俺はアミと京子を重ね合わせていたのか?そんなつもりはない。そんなつもりはないのに、アミはどこかで俺がまだ気づいていない一点に気づいていたのかもしれない。だからこうして、いなくなった。アミはイタリアから、去ってしまったのだ。



どうしよう、俺はどうすればいい?アミに会いたい。京子に会いたい?違うそうじゃない。京子はいない。アミはいる。アミは京子の代わり?違うそうじゃない。アミはアミだ。京子じゃなくて、アミという一人の人間なんだ。なのに、俺は?




どうしようも無くなり電話をかけるが出ない。当たり前か、もしかしたら今空の上にいるのかもしれないんだから。どうしよう。今日一日休みなんだけどな。寝ようかな。スーツ着たけどもうどうでも良いや。だってこのベッドアミのにおいするんだよ。眠くなるじゃないか。しばらく寝ていなかったから。

ああいつからだろう、アミがいないと眠れなくなってしまったのは。何日も眠れない日が続いて、30分寝たら良い方で、アミの、あのにおいに包まれたら、眠れる。だから今は寝よう。







そのうち空は暗くなってくなっていくだろう。目を瞑るとアミと京子が交互に浮かんできた。最終的にアミが浮かんで、溶けるように消えた。



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