「ただいまーっと」


これは独り言だ。なぜなら誰もここにはいないからだ。今日の幽の帰宅予定時刻は夜7時半。それまであと2時間。こんだけあれば晩御飯なんて余裕で作れる。今日はイワシが安くて、鮮度もよさげだったので買ってきた。イワシの塩焼きにするつもり。副菜には作り置きのキンピラでいいでしょ。そしたらナスが冷蔵庫にあったはずだからナスの浅漬け作って、大根下ろししたらできあがり。イワシは幽がお風呂入っている間に焼けばいい。うーん。今日は簡単だけどまあいいか。


「アレ?」


玄関には見ず知らずの靴があった。黒い靴。わたしのでもないし、幽のでもない。誰のだろう・・。あれかな、またお兄さんが来たのかな。それにしてもサイズ違う気がするなあ。この人の方が小さいみたいだ。お兄さんは足も大きかったからね!体も大きかったし。まあいいや、気にしない気にしない。もしかしたらマネージャーさんかな?だったらまずいかもしんない。ああ、でも幽が仕事中だからマネージャーさんはないな、ウン。そおっとそおっとリビングに近寄る。手に持ったエコバックがガサッと鳴らないように注意して。


「おかえり、あみちゃん」
「!!!」


ドアをあける前に、中から声がした。わたしがここによくいることを知っているのは、幽、お兄さん、ルリさんの三人だけ。でもこの三人の声には当てはまらない。なのに、今まさにリビングに入ろうとした人物が、わたしだと言い当てた。何者だ・・・。わたしは思い切ってドアをあけた。そこには黒髪の、いわゆる眉目秀麗な男性がいた。わたしと幽がいつも並んでいるソファに、ドカッと座っていた。


「羽島幽平、もとい、平和島幽の恋人、だよね?」
「・・・」
「悪いけど、君たちの関係を調べさせてもらったよ」
「・・・」
「羽島くんには本命の恋人がいるんじゃないかと、怪しんでる人たちがいてね」
「・・・」
「君の存在を知ることはできたけど、君という人物を調べられることができなくて、ここまで来たんだ」
「・・・」
「君は、何者だ?」
「うふふ」
「?」
「初めまして、折原臨也さん」
「・・・」
「あなたは確か、情報屋さんでしたね」
「・・・」
「人間をこよなく愛し、蚊帳の外から見ていることが大好きな、ハイエナさんですよね」
「初対面、だよね。すごい言い方だね」
「平凡な女だと思って、甘く見ないでください」
「!?」


この人のことは、実は知っていた。携帯を開き、光の速さで画像を探す。いつかこんな日が来るとは思っていたけど、まさかこんな早くその時が訪れるなんて。


「この人に会って、なんかお話してたでしょう?画面の右下に、あなたが大金を渡しているところが、ばっちり写ってますねぇ」
「・・・」
「たしかこの人は、有名な政治家さんですよね?わいろか何かは分かんないですけど、これをわたしがタレこんだら、どうなるかわかってますか?」
「君、は」
「たぶんこの人、暗殺で貴方殺すよーに頼むんじゃないですか?」
「なにを根拠に」
「ああ、一見普通の写メですけど、これ、動画、ですから。再生ボタン押したら音声流れ出ますよ。いいんですか?」
「―――っ」
「確か、衆議院議員の・・・」
「やめろ!」


形勢逆転。切り札は最後までとっておくもの。ほら、さっきまで余裕ぶっこいてニタニタ笑ってたあの笑顔が消えた。


「じゃあ、もう、近づかないでください」


彼は観念したように、ふかふかのソファから立ち上がり、玄関に向かって歩いていこうとした。わたしとすれ違う時に「君のこと、絶対調べてみせるから」と言われた。まあ、わたしはしがない変態以外の何物でもないんですけどね。幽との当たり前の日常を、ずっとずっと、続けていくために、自分の身は自分で守る。またこんなことが起きたって、絶対負けはしない。だって幽が大好きだから。




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