×スライム
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「あ、ごめん。無理」

 俺は左手を友人に向かって掲げつつ右手で持った鞄を肩にかけると、ヴィレッジヴァンガードで買った安物の時計を見つめた。途中コンビニに寄れるだろうか。
 約束と時間のどっちを優先すべきか悩んでいると、後ろから突然何かが突撃してきた
【トラブルピンクスター】



「なぁ、今日帰りカラオケ行かね?」
。振り返ると小柄な茶髪が頬を膨らませながら俺を見ている。

「真木(まき)くん最近付き合い悪くなーい?もしかして彼女?」
「あー、あー…」

 しまった。厄介な子に捕まった。ここで頷けば根掘り葉掘り聞かれるだろうし、違うと言えば強引に引っ張られるに決まっている。時計を見た。ヤバい、多分これは時間の方が確実に間に合わない。コンビニの新商品一個、という約束だったが二個買っていこう。

「真木くん?」
「あー…最近親戚の子、預かってて…俺ん所共働きだから、なるべく向こうが学校から帰ってくる前に家に居てやりたいんだ」

 我ながら立派な嘘がつけたと思う。それに納得したのか離れる腕にホッとして俺はそのまま逃げるように駆け出した。
 大体彼女が俺を誘うのもあれだ、こんな冴えない男にも優しいのよ私アピールだということを知っている。まぁ俺も女性嫌いだからいいけどさ。
 帰り道のコンビニで約束していたスナック菓子といつも好んで食べているチョコレート菓子を買って家に着いて時計を見た。約束の時間から30分も過ぎてる。憂鬱だ…。

「ただいまー」
「おかえり。あんた上から凄い物音聞こえてんだけど」

 家に入れば女の何たるかを教えて俺を女性嫌いにさせた張本人がリビングで寛いでいた。大学出てからフリーターをしながら実家に居座る姉に早く出ていけと念を送りつつ俺は上の階を見つめる。

「だろうね…。あー絶対怒ってるよ…」
「あんたが見つけたんだからあんたが責任持って世話すんのは当然でしょ」
「だよねー…うー普段は可愛いのに…」

 頭を抱えて呟けば「のろけか」と呆れられ手で払われつつ2階に上った。自分の部屋の前まで来ると一度溜め息をついてノブに手をかける。
 と、容赦ない顔面への攻撃に思わず変な声が出た。

「ふぎゃっ」
「ぎゃび!ぎゃーいっ!!」
「分かった!俺が悪かったってごめん!!ちゃんと欲しいの買ってきたんだから許してってば…!」

 手のコンビニ袋を掲げれば動きをピタリと止めた顔面の物体は直ぐさま俺の手にある袋を引ったくると離れていった。現金な奴め、と胸中で睨みつけながらゆっくり物体のいるベッドに近付く。
 早速ガサゴソと袋に顔を突っ込んで物色しているプリプリ揺れるお尻を見つめていると、お目当てのものが取れたのか嬉しそうな表情を見せるスライムが現れた。
 といってもゲームで見るような有名な青いやつではない。ピンク色で餅のような変わった見た目をしたスライムで、お腹の星が特徴的だ。

「ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゅぴ!」
「相変わらず見た目に反して鳴き声可愛くないよな…」
「ぎゃび!?」

 あ、ショック受けた。あからさまに落ち込むスライムを見ながら、それでもお菓子を手放さない辺りはちゃっかりしていると思う。
 このスライムは今年に入って父親が買った一軒家の屋根裏部屋にいた。俺が掃除ついでに前の住人が残していった荷物を片していると、屋根裏で奇妙な箱を見つけて開けたらこいつが飛び出てきたって訳だ。
 結局自分が見つけたんだから自分で世話しろと言われすっかり俺のペット?になりつつある。
 いや、実の所俺はペットのつもりで世話をしている訳ではない。だって見た目はまぁ可愛いと思える奴は可愛いと思えるだろうが鳴き声やたら強そうだし、我が儘だし、傍若無人だし。

「ふん、別にお前如きにどう思われようが気にしないけどな!…あ、これ美味しいな」

 …たまに人間になるし。

「だから変わる時は先に教えてって何回言えば…」
「む」

 ベッドの隅に転がされていた毛布を真っ裸な男の肩にかければ、唇を尖らせながら俺を見る。ピンクの髪とその隙間から覗く額の星型の痣が悲しいことにお前誰だと言えない状況だ。さっきのスライムはどこを見回してもいないし。

「布は嫌いだ」
「じゃあスライムに戻れよ…」
「あの形状だと食べ辛いだろ?」

 言いながらスナック菓子を平らげた男はチョコレート菓子に手を伸ばす。確かに以前それでベッドの上を汚しまくって掃除に一日を費やしたことを思えばマシなのかもしれないが。
 男の骨張った体をチラリと盗み見る。俺より高い身長にゴツゴツした体。少し浅黒い肌に青い目は外国の人のようで、けれどもそれ以上に神秘的な雰囲気を持っていた。
 ムラリとうごめく自身の感情に溜め息をつく。女性嫌いだからといって男性に興味がある訳じゃなかった筈なんだけど。

「おい」
「何」
「溜め息をついてると幸せが逃げるぞ。それだけでなくとも幸薄そうな顔してるのに」

 誰のせいだと思ってるんだ。
 笑いながら口の端に付いたチョコレートを舐めとる男のピンク色の舌を見ていると、それがゆっくりと伸びて俺の頬を舐めた。元の形の時のプルンとした感触を残したそれにやっぱりこいつはスライムだと実感させられる。

「元気を出せ。仕方ない、これを一つやるから」

 渡される新しいイチゴ味のチョコレートを口に突き付けられて俺は指ごとそれを含む。甘すぎるその味に眉を寄せて指を噛んだ。抵抗しないのをいいことに調子に乗って指を奥歯まで寄せてガリ、と力を入れる。

「いっ」
「ひたひ?」
「当たり前だ」

 そう言いながら頬を赤らめる男に俺は狡い奴だと自分を非難しながら指を離した。恨めしそうな顔が俺を見ながら唾液塗れの指を舐める。
 あまり性に積極的でない俺でもこれは辛い。

「もうお前食い終わったんならスライムに戻れよ」
「ムラムラするから?」
「っ」

 本当タチが悪い。わざとかお前。
 ニヤリと笑う男に俺は半眼を送っていると、立ち上がりキスをされた後締まりのない顔だと呆れられた。ほっとけ。

「あぁ、言っておくが別にあの形状でもセックス出来るからな」
「…は?」
「つまりいつでも大歓迎だってことだ、ソースケ」

 そう含み笑いを残しながら「飲み物を取って来る」と部屋を出た男に俺はやられた、と頭を抱えた。どこまでが本気でどこまでが冗談なんだか、少なくとも全部本気なら俺は死ぬ。
 本当鳴き声やたら強そうだし、我が儘だし、傍若無人だし、たまに人間になるし、に付け加えて無駄にエロいし、人を弄ぶし。こんな奴をペットなんて認めたくはない。けれども家族は決まってペット以外なら何なんだと言われる訳で。
 そろそろその原因でもある、出会った時に適当に付けた名前も変えてやらねばと思った所で気付いた。
 あれ、あいつ今真っ裸で下りていかなかったか?

「待てポチ!!下には姉ちゃんが…ッ」

 そのすぐ後に階下から悲鳴が聞こえ、下りて来る時はスライムに戻させろと姉から激怒され、いい加減その犬みたいな名前を変えろとあいつから激怒され、俺はやっぱり溜め息をつくしかなかった。

 …ちなみに候補はタマなんだが…あれ、もしかして俺ってネーミングセンスない?



end.
 

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