雨垂れ石をうがつ
 

甘かった。
とにかく考えが甘かった。森を歩き始めて数一刻も経たない内に動けなくなった。疲労で。
そういえば普段から歩くどころか動くことすらまれだった。
だって私一応橘家の姫だったもの。そんな必要なかったのに。
まさか歩くという行為がこれほどのものとは。
これから森で一人でお兄様達を探すというのは結構無謀だったのかもしれない。
なんだか辺りも暗くなってきたし。帰りたい。
決意もむなしく早々に諦めそうになっていた私の視界にふと光が見えた。
小さい。とにかく小さいけれど、あれは家だ!
あそこまでたどり着ければなんとかなるかもしれない。期待を胸に駆け寄った。
駆けよって改めて見ると確かに家だ。だが人気がない。
「すみません!誰かいませんか?」
大きな声で声をかけてみても当然答えはない。
完全に無人なようだ。
このまま戻ってくるかわからない家主を外で待つのも結構大変だろう。
むしろここは森の奥地だ。帰ってこない可能性も考えられる。
帰ってきたら帰って来たで事情を話せばきっと分かってくれるだろう。
なんとも自分勝手な言い分だと思わないでもないが、そう自分に言い聞かせて戸を開いた。
「本当に誰もいないのね。今夜だけ、泊めてくださいね」
中はやはり無人だった。
ただ明りの原因とも言える比較的新しそうな蝋燭があることからやはり誰かが住んでいるようだ。
帰ってこなければいいな。

部屋の中には布団もあった。
本当は布団でのびのびと眠りたかった。だって疲れてたんだもの。
でも私も多少は常識を持っている。家主が帰ってくる可能性が高いので勝手に布団を使うことは自重しておいた。
部屋の隅で壁に寄り掛かるようにして眠った。
思っていた通り大分疲れていたようで直ぐに眠りにつくことが出来たのだが、鳥の羽音らしきもので目が覚めた。
おかしい確かに私は鳥の羽音で目が覚めたはずなのに鳥なんてどこにも見当たらない。
それどころかどこかで見た覚えのある男性達が見える。
違う。見覚えがあるどころではない。お兄様達だ。
思わず私は一番近くにいた阿都岐(あつき)兄様に抱きついていた。
「どうして此処に・・・こんな所にいては駄目だ。直に出て行きなさい」
最初は驚いていたお兄様達も急にはっとした様にしきりに出て行けと言う。
こんな場所まで探しに来た可愛い妹になんて態度だろう。冷たい。
「待って、私お兄様達を探しに来たの!一緒に帰りましょう」
このままではろくに話も出来ないままにこの夜中に森に放り出されそうだ。
それだけはなんとしても避けなくては。
お兄様達には私と一緒にお父様を叱ると言う大任があるのだ。
絶対に離すものかと阿都岐兄様の衣を握りしめ叫ぶように言う私に何故かつらそうに顔を歪める兄様。
「ごめん、無理なんだ」
言うべきなのか。言わないべきなのか。まるでそんなことを迷っているようなそんな表情だった。
「俺達は一日の内夜の一刻五分だけ人の姿に戻れるだけで、また白鳥の姿にされてしまうんだ」
見まちがいじゃなかった。この目で見たから分かってはいたが、実際に誰かに言われるのはこうも違うらしい。
正直否定してほしかった。
「なにか!なにかお兄様達を助ける方法はないの?」
お兄様達は元々普通の人だったのだ。きっと何か方法があるはずだ。
「無理だよ。この呪いを解く方法が難しすぎるんだ」
禾稲兄様が諭すように言う。
どういうことだろう。その言い方ではまるで元に戻る方法を知っているかのようだ。
私が言いたいことが顔にでも出ていたのか禾稲兄様は更に口を開く。
「お前が六年間口をきかないことだ」
「口を・・・」
思わず自分の口元に手を持って行ってしまった。
「そうだ、話をすることは勿論、笑うことも出来ない。そしてその間に6枚の繁縷(はこべ)の小袖を編んでくれないといけない。そして蓑の口から一言でも言葉がもれれば全てが無駄になってしまうんだ」
約六年間無言で六枚の小袖を作る。
言葉にすると簡単だ。だが何度も言うが私は一応橘家の姫。
小袖の作り方等当然知らない。
誰かに作り方を習おうにも口を利いてはいけない。予想外に難易度が高い。
「もう時間みたいだ。いいかい、蓑。家に帰りなさい。此処にはならず者が住んでいて危ないし、きっと父上がお前を守ってくださるから」
お兄様も私にとって難問だと分かっているのだろう。彼らの顔には私にその行動を強制する様は一切ない。
それどころか私を心配そうに見ている。
彼等は私が家の中から出るのを確認すると一度優しく微笑みまた鳥の姿になってしまった。
そのまま飛び立とうとするお兄様達に手を伸ばすがその手は何も掴むことはなかった。
難しい。凄く難しい条件だ。
何度考えてみても私には難易度が高い以前に達成すること自体がほぼ不可能に近い。
でもやらなければ。
最後まで私の身の心配をしてくれたお兄様達に申し訳がない。
きっと彼等は私が頑張ることなど期待していないだろう。
あれが最後の逢瀬だと思っているに違いない。
でも最後になんてさせない。何故なら私はお兄様達が大好きなのだから。
待っていてお兄様達。
私が絶対に元の姿に戻してみせる。絶対に。



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