右大臣家の姫――耀子が、人里離れたこの邸に居を移したのは今から十年ほど前だ。
姫が五つを迎えた年に、四方(よも)の姫神が姫のもとを訪ったというのは都人によく知られた話である。その名を示すかのように光輝く珠を握り締めて生れてきた姫が備えている斎の霊力を言祝ぐためであろう、これで今上帝の御世は安泰だ、と人々は囁きあった。
しかし、四方の姫神が訪れた時以来、姫は都から離れて暮らすことになってしまった。
病弱な姫の静養のため、強大すぎる霊力を抑える術を見につけるためということになっているが、本当のところは違う。
ご覧の通り、姫は誰かに分けてあげられるほどに元気があり余っているのだから。
「だいったいさあ、父さまも肝っ玉が小さいのよ。右大臣ともあろう者が。藤原一門として恥ずかしくないのかしら」
実際の年齢には不釣合いな、童子のように切り揃えられた艶のある黒髪を手で払いのけ、耀子姫は頬を膨らませて言った。脇に控えていた姫よりもいくらか年上の女房――小雪は、「姫様」と厳しい声を上げる。
「だって。……いいかげん、裳着、したいもん」
「可愛く言っても駄目ですからね。殿さまも北の方さまも、姫さまのことを心配して、こうして姫神さまの守りのある」
姫は何度となく聞かされた小雪の言葉をさえぎる様に顔の前で手を払うと、
「分ってるわよ分っています! だけどさ、私だっていつまでも女童の格好でなんかいたくないわよ。これでも、今上帝をお守りできる霊力のある姫だ、衣通姫の再来だなんて幼い頃は都中で噂されていたのよ!」
そして、脇息を力いっぱい叩くとすっくと立ち上がって小雪に向き直る。
「「このままじゃ、一生素敵な公達から文ももらえないままなのよ!!」」
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