扇を持つ娘
 



だが、そのことが悪かったのか。はっとしたような表情をして彼は詰め寄って来た。


「もしや無理矢理交換されたのか?」

「え、まさかそんなわけがないでしょう?」

「…………」


じっと彼は見つめてくる。まるで真意を探ろうとしているかのようだ。
なので私も見つめ返す。


「……皺」


ぽつりと言葉が落ちる。
見つめてくる彼の眉間。皺が寄ってしまっている。

……そういえば彼女と話しているときも時折できていたなとぼんやりと思い出した。


「癖なの?痕になっちゃうわ」

「……今は私のことはよくないか?」

「その通りだけど。気になるんだもの」


すっと手を伸ばして皺を伸ばしてみる。
彼はされるがままだ。されるがまま、大人しくぐりぐりさせてくれる。


「……治るか?」

「うん、大分ましになった。いつもこうしていればいいのに」


皺がなくなった顔はなかなかだ。美丈夫というわけではないが、それでも綺麗な部類に入るだろう。


「自覚はない」

「じゃあ自覚して、直すようにしなさいな」

「……努力しよう」


呟かれた言葉は苦々しい。
先とはまるで違う頼りない言葉に思わず笑ってしまった。


「笑うことはないだろう。……今はあなたの問題が先だ」


この話は終わりだというように話題を変えてしまう。元の内容を思い出して、慌てて否定した。


「だ、だからそれは……」

「本人に聞けばいいだろう。それではっきりする」

「あ、ちょっと!」


制止もきかずに彼は足早に部屋へ向かってしまう。話を聞いてくれないことにやきもきしながら、急いで彼の背中を追った。

部屋に慌ただしく入っていくと彼女は体を起こしていた。
大丈夫なのかという心配と顔色がよくなっていることでほっとしたのも束の間、彼がづかづかと近づいていく。


「姫よ。一つ尋ねるが、主人の代わりを務めている娘にはどうすればいいと思う?」

「……そんな娘は罰として主人に一生を仕えればいいと思いますわ」


……彼女は勘付いたのだろう。彼の後ろにいた私と、代わりという言葉。すべてを繋げてばれたのだと察したのだ。

彼は驚いたような顔をして黙り込む。そこですかさず言葉を挟んだ。


「それはいい案だわ。では私の身分と自分の身分を偽ったあなた。あなたは今後、一生。私の傍で私のために生きることを命じるわ」

「ええ、もちろん。ありがたきお言葉ですわ。誠心誠意お仕えさせていただきます」


二人して芝居がかった言葉の応酬だ。それがおかしくて二人で笑いあう。


「では姫様。さっそく私は朝餉をお持ちいたします。まだ召し上がっておりませんでしょう?」

「食べていないけど……。体調は大丈夫なの?」

「すっかり。寝ていれば治るとちゃんとお伝えしたではありませんか」


からからと笑う彼女は確かに大丈夫そうだ。よかったと自然と笑みがこぼれる。


「じゃあお願いするわ。忙しなくて悪いわね」

「それが私の仕事ですもの。失礼します」


元の立場に戻った彼女は私と彼に軽く頭を下げて部屋から出ていく。
すべてを呆気に見ていた彼は非難がましく私を見てきた。


「……姫」

「私がいいと言っているの。あなたもいいでしょう?」


背の高い彼を見上げて微笑む。しばらく視線は外されなかったがやがて大仰にため息を吐かれた。


「あなたがそう言うのなら。私も彼女を罰したいわけではないから」

「あら、そうだったの。随分と勢いよく部屋に向かうから罰を与えたいのかと思ったわ」

「あなたのお気に入りの女房なのだろう。仲が良さそうだった。ならば罰することはしたくない。……嫌われたくはないから」

「……ぷ」


ぼそぼそと呟かれる言葉に思わず吹き出す。
なかなかどうしてこの人は不器用で、時折こぼす言葉に面白く思ってしまう。


「なにがおかしい?」

「あなたがおかしいわ。面白い」


正直に答えれば眉間に皺が寄る。
実はむっとした顔は嫌いではない。本人には言わないが。


「あなたに興味があるということよ」

「……それなら」


別にいいかと呟かれて、またも私は笑う。

望みはしなかった婚儀だ。
だというのにどうしてか私はよく笑っているように思えた。

隣には私の夫になる彼の姿。
不愛想で、それでも優しいこの人。

きっと私は彼と一緒にこれからを生きていくことになるのだろう。




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