思ひ染め
 

「きゃー!!」
 京の都の端。寂れた一角で女の悲鳴を聞いた時、明峯(あきみね)は反射的に馬を繰っていた。
 白昼を堂々と劈いた叫びに、妙な不安を感じて止まない。
 悲鳴を頼りに辻を曲がれば、目前にその状況は飛び込んできた。荒れ廃れた邸の崩れかけた門前で、粗野な恰好をした四・五人ほどの男が群がっている。きっと男達の中央には、悲鳴の主がいるに違いない。
「おい! こんな昼間から襲撃とは、自分達の腕によほど自信があるのだな!」
 明峯が馬上から居丈高に声をあげると、男達は例に倣ったように振り返った。ギラギラと欲望の光を宿す眼(まなこ)に、颯爽とした明峯の姿を映す。
 明峯は貴族に仕える身分ではあるが、鮮やかな萌黄色の狩衣と烏帽子という出で立ちは貴族の若君のようにも見えた。主人から帯刀と乗馬を許されているのだから、邸内での地位は高いだろう。
 しかし男達は明峯の事などどうでも良かった。いきなり大声をあげ、抜き身の刀を振りかざしながら明峯と彼が乗る馬目がけて突進してくる。
 明峯は軽く舌打ちをすると、馬の腹を蹴った。馬は心得たとばかりに後ろ足を蹴り上げて、尻から襲ってきた男を蹴りつける。続いて前足で相手を威嚇すると、自分の仕事は終わったとばかりに大人しくなった。馬から降りた明峯は、鮮やかな手つきで男達を薙ぎ打っていく。
 馬の一撃で戦意をもぎ取られたのか、それとも日中だったからだろうか、男達が押されているのは火を見るより明らかだった。
「こんな所でやられてたまるか! 退くぞ!」
 やがて頭(かしら)と思われる者が退散を命じた。男達は口々に罵り声をあげながら、渋々とその場を去って行く。
 去っていく男達の背を見送り、その背が完全に見えなくなってから明峯は納刀した。首を巡らせれば、今にも崩れそうな門に背を預けてへたり込んでいた女がいる。
「大丈夫でしたか?」
 鮮やかな緋色の衣を頭からすっぽりと被った被衣(かづき)姿の女は、明峯に差し出された手に対し華奢な肩を揺らした。
「見たところ、どこかの邸に仕える女房殿と思われますが……」
 明峯の言葉に女は頭(かぶり)を振ると、消え入りそうな声で「いえ……」と切り出した。
「私は、ここに住まう者です……」
 明峯は不躾だと思いつつも眉根を寄せる。
「ここ……と言うのは、この邸の事ですか?」



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