花骸の糧
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咲子は、母方の従姉にあたる。
参議・藤原恒久(つねひさ)の一人娘で、彼よりも四つ年長の彼女は、生まれつき身体が弱く、そのため京の西外れにある別邸を療養先として与えられていた。
その屋敷は、齢百年になる桜の木があることから「桜殿(さくらどの)」の名で親しまれていた。

僅かな使用人と一匹の黒猫と、物静かな女主人だけが暮らす屋敷は、いつもと変わらない静寂を湛えている。
柱に繋がれた彼女の愛猫も、陽だまりの中で呑気に惰眠を貪っていた。
彼もまた、その姿に倣うように欠伸を噛み殺していた・・・その一言が、放たれるまでは。


「・・・何の、冗談だ」


突然の提案に、基(もとい)は困惑と戸惑いの混ざった眼差しで相手を見返した。
ふたりを隔てる御簾が、彼女の吐息で揺れる。姿は見えなくとも、その薄赤い唇がどんな表情を浮かべているかは容易に想像できた。


「あら、でもあなたにとっても悪いお話ではないと思いますわ。・・・たとえば、大納言の姫君のこととか」


その証拠に、彼女の口調には微かな笑みが含まれている。
そして、何もかも承知していると言わんばかりの最後の言葉に、基は顔を思いっきり顰めた。


年が明ければ十七を迎えるにも関わらず、基には恋人がいなかった。
それでも三兄弟の末子ということもあり、まだ幼いのだから・・・と周りから見逃されて早三年、さすがの両親も痺れを切らした。
幸い、基の父とのつながりを求め、自分の娘との婚姻を持ちかける貴族は多い。
その中から選ばれたのが、九条大納言の四番目の娘であった。基よりも三つ年下で、年頃も丁度良かった。

大納言自体は、貴族としては中流の身分であったが、その姉は先日、帝の第一皇子を産んだ麗景殿の女御である。
基の父としても、将来は国母、そして帝を輩出するかもしれない家柄の姫との縁戚関係は、願ってもみない申し出だったに違いない。

両家の思惑が一致したと言うこともあり、親同士の間でこの話は随分とまとまっていた。
出来ることなら、年内にも・・・と、水面下で準備を始めていた。


しかし、そこにはひとつだけ問題があった。



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