君、こふ
 

(きっと、帝は純粋な御方なのよ。色好みな人と違って、同時に数多の妃に情を抱くなんて簡単に出来ないのだわ)

 そんな事を考えながら、女御は黙々と香炉の中の灰を火箸でかき混ぜた。

 ざくざく……という固い音がやがて、さくさく……と軽い音に変わっていく。それは微妙な違いだが、手に伝わる感触から灰が大分柔らかくなってきたのは良く分かった。

 しかし混ぜ過ぎたのか、もわっと灰が舞い上がってしまった。

「けほけほ」

 薄暗がりの中でも分かる灰煙に、女御は顔を背け咳込んだ。

(大変! 皆に気づかれちゃう!)

 咄嗟に両隣の局を窺うも、先刻と何の変化は見られなかった。

 女御は胸を撫で下ろし、今度は慎重に手を進めた。

(薫物で灰煙を起こすなんて、私くらいよ。本当、私ったら何をやっても駄目ね。お父様が嘆かれる通り。数多の女人が羨む血筋でありながら、それだけの娘になってしまった)

 容姿、十人並。好きな事、昼寝と食事。特技、無。

 苦手なこと、演奏、和歌、手習い……即ち女性としての教養全般。

「宮家という血筋であったからこそ、妃になれたようなもの。こんなに教養の無い姫は、女房としても務まらないだろう」と父宮が嘆いたほどに、女御は出来が悪い姫君だった。

 そんな女御は、帝の妃になってからも教育係りの女房を常時侍らせていた。演奏の師、和歌の師、手習いの師、香の師……といった具合に。

 そのような師を務める女房の一人、香を得手とする女房が、親の喪に服すため里下がりしてしまった。「香の勉強が減ったわ!」と女御が喜んだのも束の間。里に下がる折に師の女房がたんまりと宿題を出していったので、女御は必至にそれをこなしているのだった。

「人に頼っては身に付きませんよ」という師の言葉をうけ、こうやって香の師の局を使い一人で宿題をしているのだ。だが、皆に秘密で、夜中にこっそりとする必要はない。しかし女御は頑なに、深夜に秘密の薫物をしていた。

(変な匂いが出たり、さっきみたいに煙が巻き起こったりしたら皆に迷惑がかかるし、私にだって羞恥心はあるもの)という理由からだった。



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