京の片隅に、近頃物の怪が出るという邸がある。
そこは雑草で生い茂り、手入れされている様子もないので、捨て置かれた無人の邸だろうということだった。
そんな邸の前に、冠を被った少年が一人、真剣な面持ちでしかし腰に佩いている太刀を震える手で握りしめながら、土埃舞う地面を踏みしめて立っていた。
「も、物の怪なぞ怖くは無い。この太刀で蹴散らしてくれる」
口は達者だが、足まで震えているのだから説得力がない。
極限なまでの腰の引き具合に、この場に誰かいたら笑われているのだろうと少年は思ったが、今はそれどころではなかった。
それもそのはず、この少年、物の怪を怖がることで有名である。
この秋の除目で左衛門尉(さえもんのじょう)を戴き、衛門府の努めに励んでいたところ、府内で肝試しの話が上がった。
真夜中に府内の者が巡回していたとき、誰も住んでいないはずの邸から蝋の灯りが見えたり、人の話し声が聞こえて来たりと、常ではあり得ないことが起こるという。
肝試しと言っても、通常の巡回と同様なのだが、実際にどういう物の怪がいるのか見て来いというありきたりなものだった。
そこで指名されたのが、肝が弱いと噂の新入りの少年だ。
「何も私を指名しなくてもなぁ……ひっ」
がさっ、と手入れのされていない無造作に生えている草が動き、その陰から黒い猫が出てきた。
夜目のきく大きな瞳で少年を一瞥し、素知らぬ顔で真横を通り過ぎる。
「なんだ、お前か……」
少年はただの猫だったことに安堵して、邸内に足を踏み入れた。
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