翌朝。紫はいつもよりやや遅めに起床した。やらなければいけないことを寝起きの頭の中で反芻しながら簀子へ出たところで、母にぶつかってしまう。
「す、すみません、お母様…」
「紫」
「はい? なんでしょう…」
「これはなんです」
母が手にしていたのは、昨夜片付けるのを怠けてしまった壺装束だった。膝元にあたる部分の土汚れが、やけに目立っている。思っていた以上に派手に転んでいたようだ。そう思った瞬間、膝が痛み出す。
「それは」
「嫁入り前だというのに、あなたは黙って外へ出ていたというのですか? なにを考えているのですか」
言い訳すら、思いつかない。ただ、見つかってしまったことがどれだけ恐ろしい事態なのかは理解出来た。完全に閉口してしまった紫に向かって溜息を吐いた母は、力なく壺装束を簀子に落として。
「見張りをつけます。もうひとりで出かけることは出来ないと思いなさい。今あなたになにかあったら、私はどうしたらいいのか…」
「そんな…! お母様!」
母の襟元を掴み、抗議をしようと口を開く。だがやはり、言葉は紡げなかった。
言えない。そんな、こと。やめて、だなんて。
開いた口を閉じ、唇を噛みしめる。掴んだ母の襟元を離し、己の胸元で強く強く握る。
「することがたくさんあるはずですよ。荷はまとめたのですか」
「いいえ…まだです」
「それならそれを先になさい。それから…―」
いくつかの手伝いを言い渡した母は、落とした壺装束を拾い上げると台所のほうへ行ってしまった。
紫が持っている壺装束は一枚きり。それに、見張りまでつくという。それが部屋の前なのか、門の前なのかはわからないが。
夜中に、邸を抜け出すことが出来なくなってしまったことだけは、確かなのであった。
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