その瞬間、季惟は頭を何かで殴られたような錯覚に陥った。
自分は一体、今まで何をしていたのだろうか。雪花の死を悲しみ、部屋に閉じこもり儚くなりたい、妻に会いたいと望み。それは決して叶わぬ願いだというのに。
同じような思いをした幼い娘は、もうとっくに現実を受け入れ、未来に目を向けていたのだ。
雪花が今の自分の姿を見たら、なんと嘆き悲しむことだろう。子どもが好きで、ようやく姫を身篭った時のあの喜びようは、今でも忘れない。声にこそ出さないが身内から男子をと望まれていても、どちらであろうと私の子よ、と言い切った、あの笑顔を。
母を亡くしてしまった今、娘が頼れるのは自分しかいない。今ここで自分が倒れれば、雪花が愛し慈しんだこの姫は、路頭に迷い悲しい人生を歩んでしまうことになるだろう。
そんなことをしては妻に顔向けが出来ないし、自分が一生後悔することになるだろう。
なんと、身勝手で見苦しいことだろうか。
「…おとうさま?」
急に黙ってしまった父を不思議に思ったのか、姫は笑顔から一変心配そうに首を傾げる。
しかし突如季惟の腕が動いたかと思うと、次の瞬間姫は季惟の腕の中に包まれていた。
「…すまない、姫…っ」
震える声でそう呟き、季惟はただ一人の残った娘に謝り続けた。何度も、何度も。声にし、口にして尚消えることのない懺悔の思いを、ただひたすらに。
「…?」
しかし当の本人は何を謝られているのかいまいち理解できず、しかし嗚咽交じりに肩を震わせ謝る父の姿にただならぬものを感じたのか、暫く黙って父の腕の中でただ首を傾げながらじっと動かないでいた。
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