ゆめの通ひ路
 

「二の姫が兄に送る和歌にしては意味ありげだな〜」と内大臣は豪快に笑い、訪れていた公達が「ならば私が会いに行きましょう」といやらしい事を言い、乳母がそれに対し「姫は今晩、塗籠で写経ですので」とぴしゃりと終止符を打っていた。

酒の席で良かったのか悪かったのか…。それは、異様な盛り上がりだった。

だが酒の席であったからこそ、二の姫も冗談混じりでこのような和歌を詠んだのかもしれない…。

由芽はそう思う事にした。

(二の姫さまの和歌で、私の想いなど…誰も気付かず、そっともみじの葉に埋もれてしまえば良いのよ…)

二の姫の和歌がしたためられた御料紙を丁寧に折り、それを懐にそっとしまいこむと、由芽は何事もなかったように二の姫の杯に酒を注いだ。

由芽のそっけない素振りに、二の姫は少し悲しそうな笑みを浮かべるだけ。

姫がこの笑顔の下にどんな思いを持っているのか…普段の由芽ならばそれを考慮して行動するのだが、今は考えようとはしなかった。



 朝まで飲み明かしそうな勢いの宴に、二の姫も酒の酔いがまわったようだ。それを見て乳母は、「姫のお仕置き」を口実に宴から退散する事を決めた。始めはつまらなさそうにしていた二の姫だったが、退散する時には駄々をこねる始末…。

なんとか二の姫の住まう東の対に戻ってきた時には姫はもう船をこいでいる状態で、乳母は仕方なく姫の寝所を用意した。勿論、塗籠で写経どころではない。しかし養育係りでもある乳母は大変厳しく、塗籠に寝所を用意すると翌朝すぐにでも写経の続きが出来るよう準備しておいた。

自分の母のやり方に、さすがに由芽も「やり過ぎではないかしら?」と思った。だが、口に出せば自分も写経をさせられそうなので、決して口に出しはしない。

しかし、二の姫へのお仕置きが続行中ならば「自分の局に居なさい」という由芽の軟禁状態も継続中なのだろう。

乳母は由芽に対しても「姫の写経が終わるまでは、貴女も局にいなさい」と告げ、皆が女房たちだけで宴の続きをしようとはしゃぐ中、由芽は渋々と自分の局に戻った。

 局に戻った由芽は、手にしていた手燭の火を高燈台の芯に移すと、手燭の火を吹き消した。

細い煙をあげ、消える炎。替わりに仄かな明かりが揺れる高燈台。

その明かりに照らされて、局の隅に置かれた碁盤が由芽の目に飛び込んできた。

碁の才に長けた由芽に…と内大臣から恐れ多くも賜ったこの碁盤は、由芽の宝物だ。二の姫と碁を嗜む時も、他の女房と碁を楽しむときも…由芽の碁盤は大活躍している。そして、昼間…高比良と碁を嗜んだのもこの碁盤でだ…。



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