君恋ふる、かなで
21
 


「それなのに、帝という地位にありながら、この手は彼女を救うことも、守ることも出来なかった。・・・朕は、珠子を不幸に貶めることしかできなかった」

斎院の真名を呼ぶ声は、罪を恐れる子どものように震えていた。

玉依姫は答えない。
ただ、思案するように瞳を閉じたあと・・・ぽつり、ぽつりと言葉を伝える。
十二年間、彼が知り得なかった母の姿を伝えるように。

「母は、とうとう父の名をわたくしに明かして下さることはありませんでした。ですが、代わりにこの曲を遺して下さいました。・・・あなたを探し当てる手立てを」


言葉で伝える代わりに、彼女はその音に想いを託して逝った。
生涯をかけて愛してくれた人との思い出の曲を、唯一の絆をその娘に伝えて。
少女の声は真っ直ぐと切実に。それは、彼女が知る内親王の想いをそのまま映していた。


「母は、最期まで今上の御世を祈り続けていました。斎院の地位を剥奪されても、母はずっとあなたの玉依姫でした・・・あなたを、想っておりました」

ことり・・・と琵琶を置く音が響き渡る。

「そして、母が恋い慕ったあなたを、わたくしもまた想っておりました」


父から娘へと伝えられた、ぬばたまの瞳がその姿を映し、そして今にも泣き出しそうに微笑んだ。


「ずっと、ずっと・・・その名を知らなくとも、それでもお慕い申し上げておりました・・・・・・父上、さま」
「――玉依、姫・・・っ」

少女が差し出した掌に、主上のそれが合わせられる。

「・・・っ・・・」

触れた体温に震えた声音は一体どちらのものだったのか。
けれど溢れた想いも心音も、それらはやがてひとつに重なる。優しい涙に濡れて。



「あぁ・・・やっと。・・・やっと、朕は・・・・・・っ」




十年以上の歳月を経て、由玲親王はやっと待ち望んでいた最愛を抱くことができた。




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