君恋ふる、かなで
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「!」

その言葉に、為直も驚いて思わず主上の竜顔を直視した。
由玲はただ、そのぬばたまの実のような瞳を優しげに細めるだけだった。少女が、息を飲み込む。

「・・・は、はい・・・」

答える声は、震えていた。
先程とは違う、感情を湛えて。

べ・・・ん・・・。緊張の面持ちを残し、玉依姫の撥が弦を弾く。
由玲は二音、三音を見送ったあと、自身の指を琴の琴に添えた。

ひとつの楽器では未完成だったあの斎院の曲が、寄り添うもうひとつの音を得て響き出す。
その曲はもう音足らずではなかった。

哀しげな曲調の中に時折、力強い音が混ざり合い、華やかに音律を染め上げては舞い躍る。


「君が往・・・き・・・日長ぁく、なりけむ・・・山たづのぉ・・・」


玉依姫の口から、謡が紡がれる。
その言葉は、琵琶と琴の音に溶け合い、月影の傾く淡い闇に心地良く響き渡った。


――あなたが行ってしまってから、長い月日が経ってしまいました。
ですからわたくしは、お迎えに参りましょう。もうお待ちすることはいたしません・・・


それは、母を同じくしながら恋に落ちた兄妹の、物語に綴られた恋歌だ。
燃え上がるような皇女の心を謡ったそれは、一書では破滅を、一書では別離の道を辿る。
だが禁じられた哀しい恋の結末を予感しながら、皇女は一途に皇子を恋い、駆け出す。


「母を早く亡くした朕に、珠子は様々なことを教えてくれたものだった。こうして、ふたりで古謡に曲をつけて、日が暮れるまで、笑い合った。・・・彼女は朕にとって、母以上に、姉以上に慕わしい人となった」

楽の音が途絶え、今上の密やかな告白が無音に落ちた。


「・・・だが、朕たちは逸脱することでしか結ばれることはなかった」


父母は既になく、中宮であった実姉をも亡くした彼女に彼以外の身寄りはない。
珠子内親王が斎院を退下し今生に戻る術は、由玲の死か、自身の身が病か死に侵されることしかなかった。



その絶望の中で、男はただ一度の逢瀬を――身の破滅を選んだ。



「彼女となら、何処へでも堕ちていけると信じた。その手さえあれば、こんな地位さえもいらないと思った・・・でも彼女は違った」

だが、斎院は彼の決死の想いに答えることはなく、永遠の別離を選んだ。
玉依姫という、禁忌の少女だけを産んで。そして何も告げず息を引き取ってしまった。


「・・・母を、恨んでいましたか」


もう、楽の音は響かない。ただ少女の声が、奏でられる。


「あぁ、恨んだよ・・・それでも、彼女が愛しかった。誰よりも慕わしかった」


共に堕ちていくことを拒まれながら、それでも忘れることは出来なかった。
そして、彼女を思えば思うほど自身の無力さを知った。



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