君恋ふる、かなで
18
 


宴もいよいよ終わりを告げる。
全ての催しを終え、あとは酔いつぶれた貴族たちによる酒宴が行われるのだろう。仲秋の夜はまだまだ長い。
玉依姫を連れ、自分も退出するべきかと考えていた為直に、優雅な声がかかった。

「・・・源少将」
「は」

ゆるやかな足音を響かせ、今上がふたりへ優しい笑みを浮かべた。

「今回の演奏は、どちらも素晴らしかった。久しぶりに楽しませてもらったよ」
「いえ・・・勿体無きお言葉でございます」

彼の返事に、由玲はますます楽しそうに相好を崩した。

「同じ姉弟なのに、何故その謙虚さが藤壺にはないのだろうな」
「・・・父も、同じことを仰います」
「だろうな。だが、あれもあれで可愛いところもある・・・そなたが自ら赴いてくれないと拗ねていた。たまには、藤壺にも挨拶をしてやりなさい。・・・もちろん、玉依姫も連れてな」
「・・・御意に」

姉との対面はできれば避けたい為直であったが、主上の言葉とあっては致し方ない。
静やかな退出の音を見送ったあと、傍らの少女に呼びかけた。

「そういうことだ、玉依姫。藤壺に参ろう」

青年の声に、少女はこくりと頷いた。
だが、そこに演奏時の自信はない。裾を払う仕種も何処か重たげだ。
何より、伏せた瞳は少将の顔を一切見ようとはしなかった。

「玉依」

やや不満げな声に、少女の肩先がびくりと跳ねた。
弁解するように可憐な面が上がる。

「は――ぃっ!?」

慌てて顔を上げた少女の顎が捕らわれる。
が、それに驚くよりも先に、口に何かを突っ込まれた。カリっとした感触と甘い匂いが口内に広がる。

「そんな辛気臭い顔はやめろ。俺が姉上に弄られる」
「・・・」

咀嚼したまま、少女が呆けたようにこくりと頷く。

「・・・唐菓子、もっといるか」

しかめっ面で、左手に甘く揚げた唐菓子を持つその光景に、未だ困惑に目を白黒させていた玉依姫は・・・込上げた笑いに、抗うことができなかった。

「いいえ、大丈夫です。・・・少将こそ、甘いものを召し上がるべきでは?眉間に皺が寄っています」
「心配するな。姉上と面会するときは、いつもこんな顔だ」
「まぁ」

強張っていた少女の肩から力が抜け、その口許も緩む。
そっと翳された扇でそれはすぐに隠されてしまったが、覗いた黒い双眸の端は微かに珊瑚色に染まっていた。

「・・・行くか」
「はい、少将」


為直が差し出した手に、玉依姫はそっと自らの白い手を委ねた。
未だに震えるその小さな掌を勇気づけるように、為直は少しだけ強くぬくもりを重ねた。


***



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