君恋ふる、かなで
17
 



――べ・・・ん・・・。べん・・・べべ・・・ん。


四本の弦を押さえ、軽く叩き、持ちうる奏法を使い、絶妙な調子が刻まれる。
彼女の琵琶は清く澄み渡り、丁度、今宵のような満月の夜に相応しい音を奏でた。
けれど、その場に居合わせた貴族や女房たちは互いに目を合わせる。
演奏中とあって声こそ出さなかったが、その視線や表情から滲み出るものは「困惑」の二文字であった。

だが、為直にはその曲はあまりにも懐かしい、耳慣れたものであった。


(・・・これは・・・)


響いてきたその音色に、青年は軽く目を瞠った。
その曲は珠子内親王がいつも黄昏時に奏でていた、あの断片的な琵琶の音だった。

母宮の音色をなぞるように、べ・・・んと撥が弾かれる。
だが、記憶のものと音律こそ同じでも、全く違う曲であるように為直には聞こえた。
花をつけない桜と橘の梢を揺らし、月影を映した杯の水面を揺らし、少女の指先から零れた奏が波紋を伝えていく。

玉依姫の音は、ただ真っ直ぐで、そして切実だった。

母の音に自身の指を添え、再現しながらも、そのぬばたまの双眸は彼女に応えてくれる音を待っていた。
瞳を伏せることなく、真っ直ぐに。


母親が生涯恋い続けた、ただひとりを・・・待ち続けて。


べ・・・ん・・・――。


だが、最後の音の余韻が響くとき、彼女の瞳は急速に冷めていく。
演奏を終える合図のように、印象的な瞳が伏せられた。

「・・・今宵は、このような晴れの舞台に立つことをお許し頂き、主上の温情に深く感謝しております・・・」

その声は、為直には微かに震えて聞こえた。
主上から返された労わりの言葉を、少女は果たして捉えられていたのだろうか。


だがそんな少女を残し、無情にも女楽は終焉を迎える。
観月の宴はこれからだ――女舞の舞姫たちが現れ、南庭に設けられた朱色の舞台を華やかに染め上げる。
赤、黄、浅葱、緑の装束が風をまとい、天女の調べを受けてふわりと舞う。可憐な四人の舞姫に喝采が上がった。



玉依姫の想いに応えるものは、誰も、いなかった。



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