君恋ふる、かなで
12
 


宴が執り行われるのは、紫宸殿(ししんでん)と呼ばれる内裏の中心である。
その正面には広大な南庭が臨み、一足早く宴特有の華やかな雰囲気に包まれていた。
簡略ではあったが貴族たちの席が敷かれ、その中心には女舞のための舞台が朱色に輝いている。

いつもは格子で閉ざされた孫廂も今日は開け放たれ、代わりに御簾が垂れ下がっていた。
正面から見て左に藤壺と登華殿、右に麗景殿と梅壺。中央に主上が座し、その左右には女御たちがそれぞれ席を賜っている。
妃たちの御簾は半分まで下げられ、贅を尽くした装束が溢れ出て色彩を添えていた。

既に百官たちの手には酒と食事が運ばれ、賑やかな笑い声が鳴り響く。
思い思いに座る彼らの合間を縫うように、女房たちが行き来する様も目に鮮やかだ。
焚かれた松明に照らされて、裾の色目が艶やかに輝いていた。
だが、何よりも今宵は仲秋の観月である――夜空にはまあるい望月が浮かび、円やかな光が小雨のように降り注いでは、彼らの歓声を高めた。

七日前の綾綺殿での試楽とは比べものにならない熱気が南庭全体に満ちていた。

今日の玉依姫は、紫の薄様に上から紅の細長を重ねていた。
何枚も重ねた単を外から内へ段々と淡く、白にまでぼかして配色された薄様には、藤壺の奏者に相応しい上品な色合いと贅沢な文様が施されている。
その重みに耐えかねるように、玉依姫の表情はひどく不安げだった。
無意識に少将の袖を掴む様子に、彼女がまだ幼く、またこうした場所に慣れていないことに思い至った。

「では、女楽の奏者の方はこちらへ」

案内役の女官の声に、彼女の肩が大きく震えた。

「・・・綾衣」

そのまま女官に続こうとした少女を呼び止め、為直はその頭をぽんっと叩く。
驚いた玉依姫の黒い瞳が、はっと青年を見上げた。

「そんなに緊張するな。人が増えようが、試楽とやることは変わらない。・・・難しいことは考えず、あのときみたいに楽しんで来い」
「・・・はい」

為直のいつも通りの表情と声に励まされ、彼女は頷いた。
背を向けた小さな身体はもう震えてはいなかった。

彼女の姿が遠ざかると同時に、黄櫨染(こうろぜん)の袍が正面の御座へと腰を下ろした。
その衣の色を着ることが許されるのはただひとり――今上帝・由玲(よしあきら)親王のお出ましである。

同時に響き渡る笛の音に誘われて、四人の殿上の童たちが舞台へと昇り始める。
彼らと宮廷楽士たちによる軽やかな舞が、観月の宴の始まりを告げた。


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