君恋ふる、かなで
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「玉依姫」というのは、一般的には巫女を指し示す名称である。
賀茂の社に仕える斎院もまた、皇家の繁栄と都の平安を祈る巫女としての役割を持ち、広義的な意味では玉依姫と言えた。
また、神話世界でも玉依姫の名は多用され、特に初代神武大王の母にあたる女神の名は有名である。

「・・・斎院も、神の子を宿したのだから罪には問われない・・・ということか?」
「・・・残念ですが、わたくしは紛れもなく人の子です」
「・・・だろうな」

その至極真面目な答えに、少女がくすりと笑った。

「ご心配はいりません。母は名こそ打ち明けては下さいませんでしたが・・・それでも、父を探す手立てをひとつだけ遺して下さいましたから」
「だが・・・」
「ですから、どうぞ少将もご自身の演奏に専念して下さい。わたくしのせいで、少将の素晴らしい龍笛の音が聞けなくなるのは、残念ですもの」

たった十二の少女にそう宥められ、為直は押し黙ってしまった。

「・・・せっかくですから、お見送り致しますね」

藤壺に与えられた局へ琵琶を置きに行こうと、少女は裾をしゅるりと鳴らして立ち上がる。

「玉依姫」

遠ざかっていく背を引き止めるように、為直の口からはその名が漏れた。
少女が不思議な顔をして振り返る。

「・・・姉上とまでは言わないが、玉依姫はもう少し自分の我侭を貫き通した方が良い」
「はい。それでしたら、既に奏者として・・・」
「それは、姉上の思惑も混ざっている。玉依姫個人の我侭じゃないだろう」
「・・・ですが」

少女の双眸が、戸惑いを含みながら合わせられる。
為直は、やけくそのように言った。

「もう、奇縁は結ばれたんだ。女楽が終わるまでなら、少しくらい俺だって面倒を見てやる。・・・何でも良いぞ。これでも、何処かの女御さまのせいで無理難題には慣れてるんだ」
「・・・」

そっと、玉依姫が俯く。
沈思する気配に為直は彼女の返答を待った。


「・・・では、ひとつだけお願いしても宜しいですか」


その沈黙の長さに後悔さえ覚え始めた頃、玉依姫は顔を上げた。
口の端に浮かぶぎこちない笑みは、だからこそ少女の真情を表していた。

「女楽の練習に、付き合って欲しいのです。・・・ひとりでは、何だか物足りなくて」


そのささやかな願いを、為直が断る理由はなかった。


***



そして七日後、とうとう八月十五日が訪れた。



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