君恋ふる、かなで
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「何を、いきなり・・・」
「だって、少将は恐ろしくはありませんか。或いは憎くありませんか。母の人生を不幸に貶めた、災厄の象徴たる、わたくしが」
「・・・それ、は・・・」

だが、少女の黒い瞳があまりにも静かすぎて、為直は何も言えなかった。
少女の微笑が闇を揺らす。

「ほら・・・そうやって、ご自身が傷ついたような顔をなさいます。わたくしの正体を知りながら、それでも気にかけて下さる少将は、とてもお優しい・・・」

その沈黙を解くように、べん・・・と彼女が撥を叩く。

「でも、勘違いなさらないで下さい。母は、確かにわたくしを慈しみ、様々なことを教えて下さいました・・・今回の奏者の件も、わたくしが藤壺の女御さまに直接願い出たことなんですよ」

くすくすと、悪戯の種を明かす告白に悲愴はない。
その軽やかな声は逆に、罪悪感に沈んだ青年の心を慰めた。

「どうして、女楽に?」
「母がとうとう教えて下さらなかった、最後の疑問を知るために」

母親が愛した琵琶をかき鳴らし、少女は更に言葉を紡いだ。

「母は、わたくしに持ちうる全ての知識と愛情を注いで下さいました。ですが、ひとつだけ・・・父の名だけは、臨終のときですら明かしてくれなかった。・・・それを、わたくしは知りたいのです」

「・・・斎院は、本当に何も告げなかったのか。玉依姫にすら教えなかったと?」
「えぇ、何も。母は、帝に事件の詳細を問われたときですら、頑なに事実を打つ明けることはありませんでした――ただ、玉依姫が宿すのは太陽神の御子である・・・とだけ」


その話は、珠子内親王の話題としては殊に有名なものだった。
儚げで今にも折れてしまいそうな印象の斎院だったが、その一点に関しては頑として主張を変えることはなかったのだ。
少女の名も、この逸話から由来するものであった。



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