君恋ふる、かなで
 


試楽の様子は、噂好きの女房たちによって瞬く間に宮中に広まる。
各局の奏者たちの演奏はどれも一様に素晴らしく、果たしてどの女御が帝の関心を得るのか、早くも論争が巻き起こっていた。

「ね、妾の見込んだ通りでしょう?」

悠然と微笑む彼女の傍らには螺鈿に入れられた文があった。
先程、父から届けられた女楽の奏者の件への返信だ。そこには、娘の行いを非難する文章が延々と続いたあと、玉依姫についてはただ一行だけ、こう記されていた。


――くれぐれも、他の参加者に少女の正体が知られないように。


提示された条件は、呆気ないほど最低限のものであった。
幸い、その知名度に比べ、玉依姫の容貌を知るものは数少ない。女房名で呼びさえすれば、彼女は楽の腕に優れた良家の子女にしか見えなかった。

「・・・ところで、凍君は如何です。玉依姫とは仲良くなれましたか」
「何を仰っているんですか。・・・親交を深める必要など、ないでしょう」

この女楽が終われば、為直の“玉依姫の保証人兼付添い人”という役目も解かれる。
奇縁で結ばれた縁は、あと数日もすれば白紙に戻されるのだ。そう答えると彼女はすっと目を細めた。


「まぁ・・・凍君らしい、冷たい答えですこと」


紅葉襲の色合いから覗く双眸が、為直を見やる。
小さな叱責の色に、彼は言い訳のように視線を逸らした。
その脳裏には試楽が終わったあとの少女の言動が繰返される。

「・・・確かに、悪い姫ではないのかもしれません。同情することもあります」

ふとした瞬間、彼女の表情はあんなにも色づく。
それなのに、好きなものを語り合う仲間を彼女は求めない。忌み嫌われる玉依姫であるがゆえに、自分の感情を殺し、必要以上に人と交わることを避けた。

あれだけの腕前を持ちながら、評価される機会さえ奪われて。
身分を偽って、やっと今回のような公の場に出ることが許される不自由な身。
皇族の血を引き、母親譲りの才と美貌の片鱗を持ちながら、それらは全て「玉依姫」の名によって否定されてしまう。
たった十二の少女にとって、それはあまりにも哀しい現実だ。


・・・けれど。


「けれど、彼女だって奪われた。あの姫に全てを。・・・玉依姫が斎院に災厄をもたらしたのは、紛れもない事実です・・・」


人の訪れも少ない二条の屋敷で、数人の侍女だけに囲まれて。
ひっそりと、誰にも届かない音足らずの琵琶を繰り返したあの黄昏は、為直の脳裏に未だ強く焼きついていた。


***



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