君恋ふる、かなで
 


憲継の父・左大臣は登華殿女御の父でもある。
今年、十六を数える登華殿は、身分でも、その若さでも、藤壺とは最も帝の寵愛を競う間柄であった。

「藤壺の奏者は、君から見てどうかな。周防の君以上の腕前だろうか」
「さぁ・・・わたしも、実は彼女の演奏を聞くのは今日が初めてでして」

結局、姉の提案を断りきれなかった為直だが、この三日間、彼自身も公務に追われていた。
普段の仕事に加え、宴の準備や演奏の練習もしなければならなかった。

そんなこともあり、玉依姫と顔を見合わせたのすら数刻前のこと。
それから少女を伴って参上した彼にその技量を確かめる暇などなかった。

・・・と、奏者たちの間からざわめきが途絶える。

「そろそろのようだね」

憲継の言葉を合図に、彼らの傍に控えていた女官が調弦が終えたことを告げた。

「それでは、藤壺も登華殿も、お互いにお手並み拝見と行こうか」


憲継の晴れやかな笑みに、為直はこくりと頷き、歌口に唇を寄せた。音律が零れ出す。


――ポロン・・・。


調子合わせの横笛と笙の笛が奏でられると、柔らかな指の動きを思わせる優雅な琴の琴の音が、そのあとに続いた。
藤壺の奏者、玉依姫の最初の音に合わせ、和琴、箏、そして琵琶の軽やかな音が重なる。
天へ伸びるような笙の音と、静かな川の流れを思わせる横笛の音が螺旋を描き、四音はそれぞれの個性を発揮しながら拍子に添えられる。
見物人たちの御簾からも感嘆の声が上がった。

(・・・なるほど、あの四音の女名手の娘なだけある・・・)

予想以上の玉依姫の演奏に、為直もまた心の内で歓声を上げた。
琴の琴は演奏の難度もさることながら、音が小さく合奏にはあまり向いていないとされる。
だが、玉依姫の楽の音は他の楽器にも劣らず、凛と響く。
上手く弾きこなしているのはもちろんのこと、楽譜にはない新しい音がさり気なく混ざり、それがまた演奏に深みを持たせていた。
その年齢を考えると恐るべき腕前であった。

そうしている間にも、時は過ぎていく。
収束していく音に、為直は横笛から口を離すと同時に嘆息した。

こちらを振り向いた憲継も、人好きのする笑みを向けた。

「・・・いやいや、実力は本番まで隠しておくつもりだったのに。・・・つい、本気になってしまったよ」
「全くです。試楽だと思って、俺も油断していました」

ぎこちなく、それでも憲継につられて為直は微苦笑を浮かべる。
そこへ小さな鈴の音を伴った声が躍り出た。




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