月夜白拍子
15
 




「本当に、よかったの? 紫」


「今更、そんなことをきくのですか?」


 手を、繋いでいる。緋桜と一緒に、あの場所へ向かっていた。

 あの後。緋桜の歌にのせ、紫は間違うことなくその一曲を、見事に舞いあげた。
 終わってから一等最初に拍手をくれたのは、他の誰でもない。硬かった表情が少しだけ和らいだ、佐伯だった。


「姫にそんな特技があったとは」


「佐伯様…」


「あなたの天命は、私の妻となり、遠い地で暮らし、子を産むことではない。その舞いをどこまでも極め、多くの人に感動を与えることこそがあなたの天命だと、私は今そう思った」


 付き人に声をかけると、佐伯は邸へ来た時よりも幾分か晴れやかな表情で立ち上がって。


「私も、己が天命と定めたことに向かって生きるとしよう。次に会うときは、太宰を納める立派な役人として会おう。祝賀の席でぜひ舞ってくれるとありがたい」


 茫然と声を出すことも出来なくなっている紫の母に目を留めた佐伯は、その目の前に屈み双肩を掴んだ。混乱した表情で、母は佐伯を見上げる。


「紫姫の母君。あなたの娘が私と結婚しないことを、嘆かぬことだ。あなたの娘は、素晴らしい才の持ち主だ。私などにはもったいない」


 それだけ告げると、佐伯は付き人も引きつれて邸をあとにした。撤退を命じられた雑色たちは顔を見合わせ、戸惑いながらも片付けを始める。
 ちらちらと、娘と母親と…現れた白拍子を伺いながら。


「紫の、お母さん」


 声音は、男に戻っていた。彼を女だと思い込んでいた母は、驚愕の視線で緋桜を下から上まで眺める。だが、見た目で彼を推し量ることは出来ない。


「あなたは…っ、男だったのですか!」


「騙そうと思ってやっていたわけではありません。最後に、言うつもりでしたから。もちろん、紫は知っています」


 黙っていて、すみません。と。緋桜は烏帽子を取ってから頭を下げた。しばらくそうしたあと、強い眼差しで紫の母を見る。
 揺るがない意思が、眸の中で燃えていた。



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