一曲を舞い終わった緋桜は、あの夜と同じように優雅にお辞儀をした。そしてそのままの体勢で、顔を上げていいという許可を待っている。
佐伯が口を開く前に、紫が先手を打った。
「白拍子様」
「紫!」
失礼な振る舞いをするなと母は言いたいのだろう。だが佐伯は、そんな母を止めた。別に構いません、と小さく続ける。
佐伯と母の言葉など耳に入っていない紫は、そのまま言葉を続けた。
「顔を上げてください、白拍子様」
「はい、お姫様」
にっこり笑った緋桜が、女の声音で返事をする。緊張して、喉が渇いて来た。
手が震えていることに気づかれないように、強く拳を握りしめる。
「…私は」
先がなかなか出て来ず、紫は唇を噛んだ。
歯がゆい。どうしてこの先を、言うことが出来ないの。母親が見ているから? それとも、隣りにこの方がいらっしゃるから? それとも、目の前に緋桜がいるから?
紫の内情を悟った緋桜は、こほん、と小さく咳払いをした。
「お姫様。私の舞いは、いかがでしたでしょうか?」
「それはもちろん…っ、美しかった、です」
「そう思っていただけたのなら、お…私は、満足です」
満足。そう言って緋桜は、再び立ち上がった。そして、紫の隣りに座る佐伯に視線をやり、怪しく笑う。
佐伯は居心地が悪そうに身じろぎをした。
「よろしければ、もう一曲。この私めに、舞うことを許してはいただけませんでしょうか」
「それは…こちらからも、ぜひお願いしたい」
「ありがとうございます。では、私のとっておきの舞いをご覧に入れましょう」
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