それからの三日間は、文字通り飛ぶように過ぎて行った。
新しい衣服の用意。嫁入り道具として渡されたものの整理。私物の仕分け。ささやかながら用意されることとなった祝いの席は、初めて相手と顔を合わせることになる特別な席となる。
続いた言葉は、意外なものであった。聞き間違いかと思ったが、再び口を引き結んで彼は黙ってしまった。
娘が男に怯えていると察した母が、ぱんぱんと手を叩く。
「さぁさ、ささやかながら宴を用意いたしましたので、お楽しみくださいませ、佐伯様」
「えぇ」
「今回は舞い手として白拍子をお呼びしているのですよ」
それを合図としていたかのように、簀子に美しい白拍子が現れる。今までに見た中で、一番美しく見える微笑みを浮かべた…―見紛うことなく、緋桜、張本人だった。
化粧をし、髪の乱れはなく、伏せられがちな目は、誰が男だと思おうか。
ゆっくりと簀子に三つ指をついた彼は、深々とお辞儀をした。流れるような所作で立ち上がり、取り出した蝙蝠をはらりと開く。
瞬間、桜の花びらの幻を見た。
彼の後ろには、邸の庭先が広がっているだけだったのに。その背景に、確かに舞い散る桜の花びらを見た気がした。
足を運び、蝙蝠を返す。視線を流し、肩を落とす。
思えば彼が、曲にのせて舞っているのを見るのは初めてだ。紫が教えて貰ったときは、緋桜が即興で歌ってくれた。歌声まで美しいのだと、感心したものである。
響く器楽の旋律にのり、緋桜が裾を返しこちらを向いた。
視線がかち合う。意味ありげに、細められた目が、問いかける。
決まったの?
膝に置いた拳を、白くなるほど握りしめる。俯くことはしない。でも、目をそらしてしまいたくなかった。
その舞いを、いつまでもいつまでも見続けていたかった。
「…紫姫? なぜ、泣いているのです」
「え?」
己の頬に触れて、気づいた。自分が、泣いていることに。
強面に見えた佐伯の眉間にいくらか皺が寄り、なんとも言えない顔になる。
「ご気分でも、悪いのですか」
「いいえ、いいえ…、大丈夫、です」
「ならなぜ」
なぜと問われても、紫には応えることが出来なかった。首をぶんぶんと横に振り、それでも涙を流しながら緋桜を見つめ続け、隣りに座る佐伯には目も向けず。
「なぜでしょう。…この舞いを、ずっと見ていたいのです」
「白拍子の、舞いをですか」
「はい」
今、この方と結婚して。遠い遠い太宰に行く。子どもを産んで、育てて…―妻として、母として、生きていく。
これから先ずっと、もう彼に、緋桜に…二度と会えなくなる。
そんなのは。そんな、ことは。
いや。
目を閉じ、ゆっくりと瞼を開く。息を吐き、小さく頷く。
見つけました、緋桜。私の、譲れない思い。きいてくれますか?
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