こうして面合わせをするのは、極めて異例なのだと母は言っていた。一人娘である紫を連れて行ってしまうのだから、それなりのことをしたいと言い出したのは相手方らしい。
会ったこともない自分のために、こんなにまでよくしてくれる。
両親も、祝ってくれている。
自分も、やっと務めを果たすことが出来ると思うと嬉しい。
そのはず、なのに。
新調された十二単に袖を通し、御帳台に座りながら。紫は浮かない顔をしていた。
「紫、花嫁がそんな顔でどうするんです」
「はい、お母様…」
必死に元気を装ってはみるが、長年娘を見て来た母の目はごまかせないであろうことは紫も重々承知している。
だが、母は。元気のない理由をきいてはこなかった。
「譲れない、思い…」
呟く。緋桜の言葉を。
あれから何度も何度も、問いかけるように、呟き続けた。
「さぁ、あなたの旦那様が到着したようですから。いつものように笑うのですよ、紫」
「…はい、お母様」
まるで同じことを繰り返すように作られた人形のように、紫は母親に逆らったことがなかった。
裁縫を教えますから覚えなさい。琴の先生をお呼びしましたから習いなさい。歌の勉強もきちんとなさい。これからは女も文字を覚えるべきです。覚えなさい。
すべてのことに、首肯して生きて来た。だが、今日のように『はい』という単語が口から出にくかったことはない。絞り出すように言わなければ、頷けもしない。
付き人と共に現れたのは、妙に目つきの鋭い壮年の男性だった。もう少し柔らかな表情をしていればそれなりに見えるのだろうが、素の表情がそれなのか。不機嫌そうな顔に見えた。
目が合い、竦みあがってしまう。
緋桜とはずいぶんと違った雰囲気。目つき。身のこなし。
無言のまま隣りに座った男は、紫をちらりと見て早口に言う。
「佐伯嵩継という」
「…っ、よ、吉野、紫と申します…っ」
たったそれだけの会話に、すでに震えあがっている自分がいた。せり上がる涙を必死にこらえ、泣くな泣くなと言い聞かせる。扇で顔を隠し、誤魔化す。
「…此度は私の都合で、遠い地へ連れて行くことを許して欲しい」
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