よりみち
「こんっちはー!」
元気な挨拶とともに、円堂が雷雷軒の暖簾をくぐる。
それに続いて、豪炎寺、吹雪も入りカウンターの奥から順に並んで席に腰掛けた。
「響木さん、俺、いつもので!………んで、二人は何にするんだぁ?」
「………えっ……と……」
円堂のペースに圧倒されて目を丸くする吹雪は、小さな声で「みそ……」と漏らす。
「慌てなくていい、ゆっくり決めろ」
豪炎寺が“お品書き”を手渡し、助け舟を出した。ちなみに味噌はメニューに無い。
「………あ…………じゃあとんこつ醤油、お願いします」
メニューに目を通した吹雪は、すぐに笑顔で別のものを注文したのだが――――
「うーん、味噌ラーメンか……」
正面では、響木が腕組みをして頷いている。
さっきの吹雪の小さな呟きを耳ざとく拾ったらしい。
「今ウチでは出してないが、修行中にはよく作ったなぁ。材料もあるし……久しぶりにやってみるかな」
「え………じゃあ………おねがいしてもいいですか?」
「よし、任せろ」
ニカッと笑う響木に、吹雪が戸惑いながらも嬉しそうに頭を下げる。
「俺もそれにします」
“え!いつものヤツじゃないのかよ”と意外そうな円堂を横目に、豪炎寺は澄まして品書きを元の位置に戻した。
「なんだぁ、お前たち仲いいじゃんよ」
「うん、まあね」
「仲が悪いと誰が言った」
お揃いのラーメンを食べながらほぼ同時に返事する二人を、拍子抜けした様子で眺める円堂。
むしろ見せつけられてる感すらある。
「てか息ぴったりじゃねーか、さすがうちのツートップだな…………ガハハ」
丸くとろんと開いた目と、切れ長の意志の強い眼差しを交互に見比べ、円堂は勘違いの照れを笑いとばした。
「それよりお前、寮の夕食は大丈夫なのか?」
「うん、でも相撲部の子にLINEして、僕のもお任せしたから大丈夫さ」
円堂が替え玉を注文している横で、ひそひそと小声で話す二人。
「…………なるほどな」
さすが吹雪だ。咄嗟の機転がきく。
豪炎寺にとって、自分にはない吹雪のしなやかさは、頼もしさでもある……フィールド上では特にそうだ。
そしてこうしている今もとても新鮮に映る………
「ふふ、懐かしい味♪君はどう?」
「悪くない…………いや、旨いな」
こっちに来てから寮の定食続きだった吹雪にとって、久しぶりのラーメン、それも味噌味は格別だった。
特別なメニューを、特別な相手と二人だけで味わうのも何だかとても愉しくて。
豪炎寺の満更でもなさそうな表情を見て、気持ちもさらに弾む。
“特別”の意味なんて深く考えるのはやめておこう。彼は好敵手であり頼れる仲間だ。そして時には自分を抜き去ることもある、それだけで唯一無二なのだから。
「お前、意外とロマンチックなんだな」
「え?」
店を出て、円堂と別れた後ももう少しだけ続く二人だけの帰り道。
珍しく口を開いたのは、豪炎寺の方からだった。
「一生をかけるような恋をしたい、と言ってたろ?」
「……………あ、うん…………」
僕の悩みを真面目に受け止めてくれてたんだ………。
吹雪は豪炎寺の真摯な横顔を、驚いた目で見つめる。
「だが俺は……そういう漠然とした夢を追い求めるより、目の前の相手を大事する方が近道だと思うぞ」
「…………目の前?」
吹雪は思わず立ち止まる。
部活中とは違い、今度は豪炎寺も立ち止まって振り返ってくれた。
ちょうど外灯に照らされた彼の姿は、まるでスポットライトが当たったように、鮮明に目を引いて―――
「っ……おい、待て。誤解するな」
「………へ?」
顔を真っ赤にして自分を見上げている吹雪の肩を、豪炎寺が掴んで軽く揺さぶった。
「“目の前”というのは、お前が今つきあっている相手ということだぞ。わかるだろ?」
「………え………あ、そっ……か」
我に返った吹雪は甘く身震いする。
僕としたことが………まさに今目の前にいる彼のことで頭がいっぱいになってしまってた。
豪炎寺がいつになく慌てているのも珍しい。
吹雪に対して我こそが“本気の恋の相手”だと、名乗り出たような流れは、意図したものではなかったが、否定するのも違う気がした。
それから妙にギクシャクしてしまい、どこでどうやって“さよなら”を言い合ったのか、二人とも覚えてない。
なのに、お互いがお互いのことでいつまでも頭が一杯になっていて。
家に帰って明日の準備を済ませて、寝る支度をして………ベッドに入って目を瞑っても脳裏にずっと居座る相手を、追い払うことができずにそのまま抱きしめて眠りについたのだった。
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