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5

それから吹雪は毎晩、俺の部屋で寝るようになった。

毎晩そっとやってきて、置いてある自分の布団を敷いて踞る。
一言も喋りかけてこないのは、机に向かう俺に気づかれることなく、眠りにつくつもりなんだろう。

だが、俺はその存在に当然気づいている。
というより、ひそかに高揚さえしていた。

今夜もまた傍らの布団に吹雪が眠るのだ。
俺が寝る頃にはとっくに熟睡している吹雪の小さな息づかいや、ふんわりした甘い匂いを思い浮かべて欲望を疼かせている。


「僕に気をつかわなくていいよ」

机に向かう俺に背をむけたまま、吹雪が言う。

「遣ってないさ」

つとめて素っ気なく、俺も応える。

もう冬になりかけている季節。
地元と違い11月になっても暖房が要らない室内が珍しい吹雪にとって、外気につられて微妙に変動する室温が、どうも落ち着かないようだ。

布団の中でもぞもぞしている吹雪の身じろぎが気になった俺は、またPCをピンクの小さなテーブルに移した。

「寒いのか?」

吹雪が「大丈夫」と首を横に振りながら、俺の膝元にぴたりと寄り添ってくる。

「ねぇ……」

「ああ」

「僕が前の家を追い出された理由、知ってる?」

「…………知らないな」


話が中断したかのような長い沈黙。
そのあとで吹雪がぽつりと零した。


「僕ね……預けられた先で、必ず誰かに言い寄られてしまうんだ」

「…………なるほどな」

父から聞いていた話に類似していたから、俺は驚かなかった。

「この家なら……どっちがそういう可能性あるのかな?」

意図が読めない質問に、一瞬ギクリとする。
どっち、とは吹雪に言い寄るのが”俺か父か”を問いかけているのだろうか?

「俺だろうな」

俺は平然を装って答える。
すぐにでもそうなりそうな危うさを潜ませてるくせに、他の奴と一括りにされるのは不本意なのだ。

「父の心には母がいるが、俺はフリーだ。可能性で言うなら俺、ということだ」

「ふーん…………フリー、ね」
眠気が吹き飛んだのか、吹雪は半身を起こして俺の方に身を乗り出すように布団の上に居直る。

「でもさ、君は紫野原教授の娘さんと結婚するんじゃ…」
「するもんか。くだらない噂話を真に受けるな」
キーボードを操る手を止め、俺は直ぐ様低い声で打ち消す。
聞きたくない言葉だった。特に吹雪の口からは絶対に。

「……でも、あの家の人たちはみんなそのつもりだよ、亜彩さん本人もね」

「でも事実じゃない。だいたい俺はアイツとそんな話、一言もしたことがないんだぞ」

「だったら話をしなくっちゃ。黙っていると、相手は自分の想いで勝手に話を作って……君は塗りつぶされてしまうんだ」

「塗りつぶされる?俺がか?」

ディスプレイから外した視線がいつしか必死に吹雪に注がれる。
吹雪は首を傾げもどかしげに黙った。


「…………ごめんね」

謝られる覚えはないのだが………しおらしく肩を落とした様子と、申し訳なさげな上目遣いに、ひどく心を揺さぶられる。

「気をわるく……したよね?」

「いや、そんなことはない」

「嘘だぁ……」

白くしなやかな指先が、俺の眉間にそっと触れた。

「ここ………皺寄ってるもん」

「っ、レポートのせいだろ」

全く納得していない吹雪の上目遣いをかわして、俺はPCに向かう。

「…………亜彩さんみたいな人が、君の好み?」

「違う」
強すぎる俺の語調に、吹雪がびくりと肩をすくめた。

「好みというなら……」
駄目だ。待て。他の奴と一括りになるな―――と、自制の声が脳裏に響く。

「なら…………なに?」

大きな目を見開いて言葉の続きを待つ吹雪を前に、俺はなんとか思い止まった。

「何でもない」

明らかに不自然に終わらせた会話。
だが吹雪がそれ以上俺を追及することはない。
ただ「彼女の他に好きな人いるみたいだね」と小さく呟いただけだ。

少し寂しげに俯く吹雪を見つめながら、俺は無性に抱きしめたい衝動と戦っていた。

 
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