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4

二人で夕食を済ませた少し後に、父が帰ってきた。

「お疲れ様です」とキッチンから声をかける。
一休みしてまた出ていくこともある父に、ずいぶん前から俺は“おかえり”と言わなくなっている。

フクさんの出入りがなくなってから、食事を病院の食堂で済ませてくる父とは、一日の会話が挨拶だけなこともままあった。

吹雪は風呂に入っていて、俺は洗った食器を食洗機から棚に片付けている。

「今日はパーティーじゃなかったのか?」

「ええ、パーティーはありましたが…」
怪訝な色を顔に出して、俺はカウンター越しの父を見た。
「吹雪が気がかりで、早めに戻ったんです」

俺は今日の予定を父に知らせてない。その話題が出たのは、おそらく理事長から聞いたんだろうが……そんなことを親同士で話しているなんて、考えると内心うんざりだ。

「そろそろ彼女に、正式に交際を申し込んだ方がいいんじゃないか?」

「…………」
正式、とは何なのか。
親たちの脳内で勝手に敷かれているレールに、いつになく苛つく。

「彼女は友人です。付き合うつもりはありません」

医師同士の社会は忖度だらけだ。父の背中を見て理解はしているが、倣う気は無かった。

「お前はそうでも、理事長はそのつもりだぞ。私だって、彼女ほどお前に適した配偶者はいないと思う。いや客観的に見て十人が十人同じ意見だろうな」

父の視線と声色の威圧には、ある意味もう慣れている。
親子だからこそ、敢えて縛られてやってきた部分も多々あるが、恋愛や結婚にまで踏み込まれたくない。コントロールできないからだ、自分自身でさえも。

「父さんの意見はわかりました」
俺は父を睨み返しながら、肩で息を吐く。
「だが、俺の人生です。結婚相手は自分で決める」

理事長一家との縁談を、はっきりと言葉で否定したのは、初めてだった。

それでも父はレールの上を歩かせようとするだろう。
だが当の父自身の結婚はどうだったのか?
母は医師の娘だったが、父は母をそうした打算で選んだとは思いたくない。
…………母は?
ここに母がいたら、どちらの味方につくのだろうか?

「お前にそんな相手がいるのか?」

「います」

すんなりと出た自分の答えに、自分自身が驚く。

何故、俺は即答したのだろう。

頭に浮かんでいるのは、今も吹雪士郎の顔しかないのに。

「今答えを出す話でもない。よく考えるんだな」

都合の悪い現実を黙殺するかのように、固い表情で奥の部屋へと消える父。
向こうでドアの閉まる音を聞きながら、今まで俺は父の視界から存在を消されたくなくて期待に応えてきたのかも知れない、とふと気づく―――



「修也くん」

もう夜も更けている。

「どうした?」

吹雪の小さな呼びかけに、俺はPCのディスプレイから目を離さず応える。
もうだいぶ前に、おやすみの挨拶は交わしたはずだった。

「そっちに……いってもいい?」

「ああ、好きにしろ」

控えめな問いかけに、気軽にそう答えたのは……大きな認識違いのせいだ。

「よいしょっ、と」

「っ……お前……」

振り向いた俺は、自分のベッドの傍らにぴたりとくっつけて敷かれた布団を見て驚く。

吹雪が声をかけてきた時、ドアの影で布団を一式抱えていたなんて、思いもよらなかったのだ。

「ここで寝るのはいいが、見ての通り俺はまだ寝ないぞ」

「べつにいいよ、一緒に寝たいなんて言ってないし」

生欠伸をしながら、吹雪は自分の敷いた布団に入り、背を向けて踞る。

「…………」

俺はため息をついて、デスクを離れ部屋を出た。



「…………あれ?かわいい机だね」

部屋に戻って勉強を再開した俺に、振り向いて吹雪が寄ってくる。

「ああ、妹のだ」
白いレース模様の入ったピンクの小さなテーブルを吹雪の布団の傍らに置き、そこでノートPCを操りながら、俺は答える。
せっかく訪ねてきた吹雪を放ってはおけなくて、せめて傍らにいてやろうと思ったからだ。

「夕香ちゃん……だよね?……紫野原先生んちで聞いたよ」

確かにこれは夕香のままごと用のテーブルだ。
あの家でそんな話をしているとなると、夕香が中学に上がるタイミングで、家族が留守がちなこの家を離れて母方の親戚の家に移ったことなども、全部伝わっているに違いない。

「僕の部屋の向かい、夕香ちゃんの部屋でしょ?君の贈ったかわいいクマさんや、カメさんも見たよ」

膝にそっとこめかみを当てて、吹雪が呟く。
妹に贈ったぬいぐるみの話をされても、嫌な気はしない。プライベートに踏み込まれるのが、寧ろ心地好くて……。

「妹さん、好き?」

「ああ、勿論だ」

「離れちゃったんだよね?淋しいなら……僕が妹になったげようか?」

また兄弟ごっこかと、俺は苦笑する。
「いや、いい。お前は俺の兄だろ」

「…………ん〜」
吹雪は膝の上で拗ねた口調で答える。
「だってさ、君はぜんぜん弟らしくないんだもん」

「可愛げがないということなら、すまなかったな」

俺は、顔をあげてこっちを見ている吹雪の頭を撫でた。

「いいけど、君は……僕に何をされたら嬉しいの?」

大きな目でまっすぐ見上げられて、柄にもなくドキドキする。

「別に……何もしなくたっていい」

「どういう……こと?」

「お前がここにいるだけでいいと言うことだ」

俺が率直な気持ちを述べると、吹雪は驚いたように目を丸くして「優しいんだね」と呟いた。

「優しいか?当然のことだろう」

「そんなことないよ。君は少し変わってる」

扱いづらいと言われている気がした。
「なら……」
俺は譲歩のつもりで、俺の膝の上におかれた白い手を握る。
「しばらくこうしてていいか?」

「……いい……けど」

吹雪は長い睫毛でぱちぱちと瞬きする。頬がみるみる赤くそまるから、俺まで顔が熱くなる。

「……ほらね。やっぱり君は甘えるより、甘やかすのが好きなんだ……」

冷たい吹雪の手とくらべると、ずいぶん熱の高い俺の手。
その温度差がなじんだ頃に、吹雪がまた欠伸をして……俺の手に滑らかな頬を寄せて目を閉じる。

すやすやと寝息が聴こえてきたから、俺はそっと手を引いた。

勉強は滞ったが、気持ちは満たされていた。
そして、きめ細やかな感触がいつまでも手のひらに残っていた。

 
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