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3

豪炎寺さ、何かテンション高くね?
ニヤけてんの初めてみたし、どうしたんだよ?
学部の仲間が口々に訊く。

昨日の試合で決めたゴールの威力と会場のどよめきには、自分でも少し驚いた。

有り余るパワーの根源は何なのか、自覚はしている。
吹雪と暮らし始めたせいだ。


昨日の朝も、今日の朝も、俺が身支度を始める頃に、アイツも眠そうに起きてきた。

吹雪が寝ぼけまなこでトースターに食パンを入れ、カウンターでうとうとしてる仕草に目を細め、飲み物を用意するのは俺だ。

昨日淹れたコーヒーはあまり馴染まなかったらしいので、今朝は吹雪のリクエストで紅茶ラテを作った。

ニヤついてるとか言われるのは、口内に甘く残るアッサムのフレーバーのせいだろう。おかげでキャンパスに来てからも、吹雪とのほんわかした朝のやりとりを何度も思い出している。

家に早く帰りたい、とふと思うのも初めての感覚だった。


「おい、行くだろ?祝賀会」

サッカーの練習も休みだし、講義の終わりと同時に立ち上がる俺を、先輩が呼び止める。

「亜彩さんのミスキャン優勝祝い……医学部生全員参加だからな」

「…………」

忘れたとは言わせんぞ、お前の部活の休みに合わせたんだし……とぶつくさ言われる傍らで、俺はため息を噛み殺す。

正直忘れていた。
夕食は要らないと伝えるのが遅くなってしまったのも、気がかりだ……。



「豪炎寺くん」

パーティーの最中、心ここにあらずの俺に話しかけてきたのは、主役の亜彩だった。

「今日は、急用でもできたの?」

「…………」

誤魔化すことも出来なくて、黙って目を見開くだけの俺に、亜彩は肩をすくめた。
「あなたからの花束贈呈、ラストって聞いてたのに最初だったから。早く帰っちゃうのかな……って思って」

彼女の読みは当たっていた。
俺も包み隠すつもりはない。

「今、俺の家で吹雪を預かってるんだ。お前も知ってるだろう?」

「ええ…………でもそれが何か?」

今度は亜彩が目を丸くする。

「アイツ、不安定だから……あまり長時間家で一人にしておけない。すぐに帰らないと」

「……そうなの?」
亜彩は不思議そうに首を傾げる。
「私には、芯の強いしっかりした子に見えたけど……」

あなたには違う顔を見せるのかしら―――という亜彩の言葉に、不思議な嬉しさが心を擽った。
同時に、早く吹雪の中の特別な場所に辿り着き、そこを陣取りたい欲求が、熱く込み上げる。


「ただいま」

声をかけても、返事はない。
急いで帰ったといっても、もう八時だ。
どこにも電気がついてない部屋に、ダイニングには夕食の僅かな匂いと、テーブルあたりに人の気配がする……

「どうした?」

目が慣れてくると、テーブルにうなだれて座る吹雪が見えてきた。

「すまないな、遅くなって」

どんよりした重い空気は、自分のせいなのか?
変に高鳴る鼓動がうるさい。

なるべく早く帰るから、夕食は一緒に食べようと約束していた。
柄にもなくデザートに買ってきたプリンの紙箱をテーブルに置いて向い側に座り、俺はテーブルに突っ伏した吹雪の髪を思わず撫でる。

「心細い思いをさせたか?」

初めて自分から触れた髪は、想像以上に柔らかくて、くしゃくしゃの髪から覗いた白く細いうなじが……同性なのに異質すぎる。

「…………違うよ」

吹雪が俯せたまま細い声で呟いた。

「ハンバーグが……崩れちゃってうまくできなかったんだ……」

「はぁ?」

何だ、そんなことか―――。
俺のせいじゃなかった安堵と、若干の拍子抜け感。

「どれだ?」

「あ、見ちゃダメ……」

フライパンの蓋を開ける俺に、慌てて顔をあげる吹雪。

「旨そうじゃないか。あとは俺に任せろ」

「もー……」

カウンターキッチン越しに、浮かない表情でテーブルに視線を落とした吹雪が、ふとパティスリーの紙袋に目を止めるのが見える。

「なぁに、これ?」

「プリンだが、好きか?」

料理する手を動かしながら、俺は吹雪を見ている。
そして、かえる返事に撃ち抜かれる―――

「うん、だいすき」と輝いた大きな目と無垢な表情が可愛すぎたから。

 
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