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2

中学まで北海道の野山を駆け回って熊と遊んだ……そんな生い立ちの印象に対して、これは反則すぎ だろう。

「こんにちは、吹雪士郎です」

“熊殺し”の異名にはほど遠い、抜けるように白い肌。そして小さな顔にアンバランスほどの大きな瞳。
とろけた目尻を際立たせる長い睫毛を瞬かせ、見上げてくる上目遣いを……俺は唖然として見返す。

「僕……ここでお世話になっていいんですか?」

「……ああ、勿論だ。俺は、豪炎寺修也」

「ふふ……君を知らない人は学内にいないと思うけど」

よろしくね、と差しのべられた手を握ると、ひんやりと極め細やかで、しなやかな弾力があって……

「ああ、よろしく。部屋はこっちだ」

柔らかく肌に馴染む手をほどいて、背を向ける。

斜めがけの鞄を外して両手に抱え、ちょこちょこと後をついてくる気配に、緩みそうな表情をさりげなく隠すためだ。

「あの、豪炎寺くん…」

「“修也”でいいぞ」

「えっ……」

「お前は俺の兄になるんだろう?」

「……あ……」

よそ行きの吹雪の顔が、ゆるやかにほどけた。
振り返りその瞬間を目にした俺は、プレゼントのリボンを解いたような気分になる。

「ほんとに………僕と兄弟になってくれるんだ?」

荷物を床に置いて歩み寄った吹雪の髪が、俺の鼻先をふわりと掠め、腰に両腕がそっと巻きついた。

「お前がそうしたいのなら、俺は構わない」

鎖骨にぴたりとくっついた額に、跳ねる俺の鼓動が伝わってないと良いが。

「……ありがとう。僕、君を大切にするね」

弟になった俺を抱きしめているつもりなのだろう。
実際は身長差のある俺に、小さな吹雪が抱きついてるみたいだが……満更でもない気分になる。


「広い部屋……それに机も用意してくれたんだね」

俺から離れた吹雪は、機嫌よさそうに部屋を見渡し、先週誂えたばかりの真新しい机にちょこんと座る。

「これだけの大きさがあれば、実技の課題もしやすいし……色々考えてくれてありがとう」

「……ああ」

特に考えた訳じゃない。
いかつい男でも窮屈にならない様しっかりした物を選んだだけだが、結果オーライだ。

「あ、そうだ……」

「どうした?」

ノブに手をかけドアを覗きこんでいる吹雪に近寄る。

「鍵を……かけれると良いんだけど……」

「次の休みにドアノブを鍵付きに換えてやろうか……」
そう言いかけて「休日はいつになるかわからないが」と付け足した。

ノブに添えられた手首の内側に……薄く引いたような傷痕を見たからだ。

“患者”という父の言葉が、初めて俺の脳裏をよぎる。

だが次には“守りたい”と思った。
決して“治療”という言葉には繋がらない。まずはこいつのことをもっと知りたい。

「何故……鍵が要るんだ?」

「んー………」

吹雪は困ったように言葉を選んでいる。

「嫌なら言わなくていい」

少し考えてから吹雪がぽつりと呟いた。
「安全な……場所がほしいだけさ」と。

今度は俺が言葉を呑んだ。
浮かれているのは俺だけで、吹雪はこの家の中でも警戒心を尖らせているというのだろうか。

「俺が思うに……この部屋はまあまあ安全だと思うぞ。マンションにはセキュリティがあるし、今日は父もいない。俺はお前の許可なく部屋に入らないようにするし、それでも不安だというなら……」

「クスッ、ごめんごめん」

至極真剣な俺の主張に、吹雪は苦笑しながら……しなやかな両腕をまた腰に巻きつけてくる。

「修也くんのことは、もちろん信頼するよ。僕の大事な弟だもん……」

思わず抱き返しそうになる腕を、なんとか下におろしたまま、俺は吹雪の優しい抱擁をただ受け止めている。

「……鍵なんていいや。不安になったら修也くんの部屋にいくから……」

俺の鼓動に耳を当てて、吹雪は甘い声で呟いた。
「厄介な兄で……ごめんね」

とんでもない。
厄介どころか、まるでご褒美だ。

俺は、胸元で遊ぶフワフワの髪を撫でたい欲求を堪えながら「謝らなくていい、お前の好きにしろ」と答えた。


 
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