6
豪炎寺くんの口から語られた瞬間から、僕の心にずっと重くのし掛かっていた。
“その日”が近づくにつれ、僕は確信していた。
やっぱり僕はずっと、彼が欲しくて堪らなかったんだ、と。
愚かだ。いざ彼が他のひとを選ぶかもしれないという現実に直面して初めて、自分の本心に気づくなんて。
そして――――亜彩さんが彼に同行しないことを知って安堵し、同時に酷く心みだされている自分は、もっと愚かだ。
いつのまに僕は“希望”というものを取り戻してしまったのだろう?
こいつはとても厄介で、捨てようとしても捨てられず、ことあるごとに僕の未来につきまとう。
これを僕のなかに植えつけたのは、間違いなく豪炎寺くんだ。
彼が何でも受け止めてくれるから、僕の中からどんどん僕が溢れてしまう。
皆の幸せを見守るだけでよかったはずなのに、今は何より僕自身が幸せになりたい。
全く、愚かすぎる。
どんな幸せも永遠には続かない。遅かれ早かれ失うことを知ってる僕が、なんでまた性懲りもなく夢を見ようとするんだろう?
ヴヴヴ、とポケットの中で振動するケータイに呼ばれてハッと我に返ったのが、ギャラリー閉店時間の5分過ぎのこと。
ディスプレイに表示された名前に僕の胸がどきりと熱く跳ねる。
『――――もしもし、俺だ』
「うん…………どうしたの?」
『チケットを忘れた。届けてくれないか?』
「………え??」
『今、ホテルにいる。前にお前と泊まった部屋だ。わかるな?』
――――無茶だ。
呆れる一方で、僕の胸ではち切れそうに膨れ上がる“希望”。
「………どういう……こと?」
『明日は仕事も無いだろう?今日中に持ってきてほしいんだが、頼めるか』
「…………どこに………あるのさ?」
日頃よくしてくれてる彼の頼みを無碍にすることもできず、僕は仕方なく話をきく。
ありえない―――――
家に帰り、自分の部屋の机の引き出しを開けた僕は思わず呟いた。
そこにはパークチケットの封筒がきれいに置いてあった。
ほんとに、ありえない。
これを“忘れ物”だと言い切る彼の白々しさも。
それ一つを手に、夢中で向かう僕も。
でも、もう止まらなかった。
これを彼に渡すまでは、何も考えられない。
置かれてる状況も、これからのことも、何も。
舞踏会に向かうシンデレラはこんな気持ちだったのだろうか――――僕は身一つで、ただ夢見心地で電車に揺られ“夢の国”へと運ばれていく――――
「いらっしゃいませ」
ホテルのフロントに迎えられ「お待ちしておりました。ごゆっくりどうぞ」と見送られながらエレベーターに乗る。
見覚えのあるフロア。見覚えのある廊下。
僕は迷いなく夢中で足を運んだ。
忘れられる筈もない場所。
インターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いて、豪炎寺くんが姿を現す。
「あの、これ………」
いそいそとポケットを探る僕を、彼の腕がしっかりと抱き締めた。
「ちょ………っ………僕はチケットを渡しにきただけで……」
「ありがとう。だがそれはお前のだ」
その言葉に全身の力が抜けるともに、これが欲しかった答えだと自覚せざるを得ない。
彼と愛し合うポジションを自ら降りたくせに、“きょうだい”という中途半端な場所に未練がましく居座ったのは、結局彼を誰に渡したくなかったからだということも――――
「卒業おめでとう」
「………卒業式は、さ来週だよ」
居心地のいい腕の中で、彼の鼓動に溶けてく心とはうらはらに、素っ気ない言葉が口をつく。
「そうだな、確かに一足早いが………お前と少し話がしたい」
豪炎寺くんは僕を腕の中に閉じ込めたまま、部屋の奥へと連れていく。
「はじめから僕を……ここへ誘い出すつもりだったってこと?」
「そうだ。普通に誘ってもついて来なかっただろう」
「それは………そうだけど…………」
窓の外を眺める僕を後ろから抱きしめる豪炎寺くん。片時も離さないとばかりに……。
発情を隠さない熱い吐息がかかるだけで、僕の身体に密かに淫らなスイッチが入ってる。
「そもそもなんで、僕をここへ……」
「言ったろ。話がしたいと」
腕から逃れようと身を捩る僕を、器用に抱き直す豪炎寺くん。どうしたって心地よさから抜け出せない。
「もうっ、話をしたいなら一回離してよ」
頬を撫で顎を持ち上げる手を軽く振り払うと、豪炎寺くんは腕をほどき、“待て”をくらった獰猛な番犬みたいにベッドにどさっと腰かける。
その少しふてくされた表情が不覚にもかわいくて。
「卒業後のことだが、お前……就職は考えてるのか?」
「え…………」
意外な質問に僕は戸惑う。確かに普通は“卒業”といえば就職なのに、相変わらずギャラリーで働きながら、豪炎寺家の家事を手伝うことしか考えてなかったから。
「して……よかったの?」
「………それを俺に訊くのか?」
豪炎寺くんは優しく苦笑して頷いた。
「お前の未来はお前が決めるんだ、吹雪」
真摯な目に射抜かれ、僕は立ち竦む。この目が僕を一生見つめ続けてくれたらどんなに幸せだろうと思う。
「今のお前ならもう家を出たって構わない。お前がどこへいこうと俺はお前を愛してるから」
「……………」
プツン、と何かが切れたような感覚とともに、強烈な“白”が僕の脳裏を掠めた。
混沌とたちこめる雲間に射し込む光。
それはどんな色も散らす鮮明さで、ままならない現実さえも塗り潰す―――――
僕はへなへなとその場に崩れた。
「………おい、大丈夫か」
ベッドから立ち上がろうとする豪炎寺くんを遮るように、僕は彼の脚の間に潜り込む。
「おい、何を……」
豪炎寺くんが驚くのも無理はない。僕は彼のズボンに手をかけ、熱を滾らせた彼の屹立を取り出して吮りついたのだから。
「ん……………チュ……」
僕を脱皮した新しい僕は、彼を愛したい欲望に正直らしい。
僕の咽奥で増幅した彼も堪らない様子で、僕のズボンを剥いて、解して、口内から抜いたものを下から奥へと深く突き立てる。
「………久しぶりだな。お前の中……」
ベッドに座った彼の上で縦に揺れている僕は、奥まで繋ぎとめられた身体ぜんぶで彼を感じてる。
返事する余裕なんてない。
ただ彼の手が僕の腰をがっしり掴まえて、黙々と上下の振動を支えている。
僕は深い場所を掻き混ぜられる刺激にイかされないようギリギリ耐えながら、豪炎寺くんを体内に刻み、満たされていく。
「………っ…………はっ…………んくっ………」
「声出せ。俺しか聞かないから」
「はぁっ、ああっ………あぅっ…………」
二人の体液が身体の中で淫らに混ざる音が、僕の内と外の両側から響くのが堪らない。
「くっ………溶かされそうだな………」
激しく上下に動かされる腰の動きに遅れて、二人の下腹の間を跳ねる僕の性器が、耐えきれず飛沫を散らした。
そして、しばらく遅れて彼をきつく食む僕の奥にも脈々と熱が拡がって――――
あの夜と同じか、それ以上の快楽を、時を忘れて繰り返す。
でも、違うのは、シンデレラになぞらえた夢じゃなく、二人とも目覚めていることだ。
きょうだいごっこ*おまけにつづく
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