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2

「もう………はずしてよ、あれ……」

豪炎寺くんと抱き合いながら、僕は背後に飾られた自分の絵を気にしている。
あれから何枚も刷ってみた、例のリトグラフの一枚だ。

“愛”というテーマで描いた、抽象表現の課題作品。
僕が悩みながら創った幾つもの試作の中で、よりによって彼は、何のひねりもない、ただ混沌とした色を散らかした絵を気に入っている。

「あんなの………恥ずかしいからっ………」

「クスッ、この格好よりもか?」

「あっ…………やっ………」

たしかに勉強用デスクの椅子の上で、脚を大きく開いて、彼を受け入れた身体を上下に揺らしている今の僕の格好の方が恥ずかしいのは間違いない。

「………あぁっ…………!…………」

精を吐き蕩ける身体は繋がったまま抱き上げられて、今度はベッドで後ろから掻きまぜられて悦ぶ。



「―――修也。ちょっと来なさい」

体の奥を抉られる熱にくしゃくしゃに溺れた僕の耳に、不意に二人以外の声が無機質に届いた。

豪炎寺先生だ。

「……………」

呼ばれてるのに、僕の中でまだ湿った抽送の音が繰り返されている。彼はこのまま僕の中で上り詰めようとしているんだ。

「話がある。早く」

中断を促すような厳しい声がドアの向こうで響く。

「…………わかりました。後で行きます」

ノックまで聞こえる中で、彼はようやく返事をした。
冷静な答えとは裏腹に、腰は激しく僕を穿ち続けている。

「………はや……く、しないと…………」

僕の忠告はキスで塞がれて、頬に添えた両手に耳を覆われる。俺だけを感じろと云わんばかりに。
上下から内側を掻き回され、快楽の熱を煽られる僕の羞恥心はとうに壊滅状態で…………なすがままに、またシーツの上に飛沫を散らした。

精が抜けた身体の奥は、それでも彼のスパートを受け入れ続けてまた燃え上がり、僕のなかの体温を凌ぐ彼の熱がドクンと中に放出される。
その脈動と熱に痺れ、見さかいなく蕩けていく心とあたまと身体。

もう、これで終わろう――――と、
快楽にまみれる脳裏で僕は決意した。
先生はここで毎晩のように営まれる行為にきっと気づいている。
だから鍵のないドアをノックするのに開けないのだ。
ノックはたぶん僕への“警告”。

早く、やめないと。

父を裏切り溺れる禁断の快楽に、このまま彼を巻き込み続けてはいけない―――――


リビングから漏れる父子の深刻な会話。
その傍らで、こそこそとバスルームを行き来する僕。
何を話してるのかはだいたいわかる。
紫野原家に見込まれている彼がR大学病院のエースとして活躍する将来は、父親だけでなく、彼を取り巻く周囲の誰もが期待する未来だ。
R大病院ならスポーツ医療の先進性も有名だから、彼は研究者としてはもちろん、プレイヤーとしてもサッカーにずっと関わり続けることもできるだろう。

サッカーと医学の道の両立は豪炎寺くんのお母さんの生前の願いでもあり、豪炎寺先生もR大でこの環境を作り上げるために長年労を費やしてきたらしい。

そして、僕も今なら人を愛することのしがらみを理解できる。
豪炎寺家の愛の結晶である修也くん。父と亡き母の願いを込めて回してきた彼の歯車を“僕との出会い”で狂わせる訳にはいかない、と。



「起きてたのか」

「………待ってたんだ」

ベッドの上でぺたんと座って見上げる僕の答えに、彼は優しく目を細め頭を撫でてくる。
でも今の僕は、彼の思うような甘えたモードになってはいない。

「さっき呼ばれた時………なんで止めなかったのさ」

「途中で止めれる訳無いだろう」

頭に置かれた手が、僕の頬を包む。

「止めれたとしても、父と向き合う俺の顔は酷かっただろうな」

真顔でそう云われて、僕の頬は火がついたように熱くなった。
セックスの最中の発情した彼の顔を思い出して、体の奥もゾクリと震える。

「さあ、仕切り直すぞ」
「えっ、待っ……」

何事も無かったように取り替えておいたシーツの上に、パジャマを脱いだ二人の身体が縺れこんだ。

仕切り直し、とは後戯のことだった。
シャワーで流したはずのさっきの激しい交わりが、彼の唇や指先で撫でられるたび、じんわりと肌に甦る。
それは幸せな余韻だった。
彼はいつも“出して終わり”にしない。
僕の負担を優しくねぎらい、心地よい眠りに導いてくれる。

ああ、でも、だめだ。今すぐ切り出さなきゃ。これじゃいつもの幸せなペースに嵌まったまま明日が来てしまう――――

「ねぇ……ごうえんじくん………」

「ああ」

「僕たち……………兄弟にもどろう」

「…………」


首筋を撫でていた唇が、ゆっくり離れる。


「じゃないと………もう僕………ここに住……めない……から」

豪炎寺くんは何もこたえず、僕をぎゅっと守るように抱き締めた。
たぶん……僕の身体や声が哀しく震えていたからだ。

辛さがばれてしまってるのなら、もう言葉を選ぶ必要もない。

「それと……亜彩さんと……よりを戻しなよ」

「………………………付き合ってもないのにか?」

独り善がりな要求を一気に押し出した僕に、豪炎寺くんは落ち着いて答える。
ずいぶん間があったけど、冷静な答えだ。

「なら訂正するよ。亜彩さんと付き合って」

「俺にそれが無理なことは、お前が一番分かってるだろう?」

僕は黙ってしまった。
強く脈打つ彼の鼓動が余りにも哀しく僕の胸に響いてくるから。
だって、どうかしている。こんなに幸せに抱かれながら、実質の別れ話を切り出してる自分が非道すぎて…………心が壊れそうだった。


「兄弟に戻るのはわかった。亜彩のことは……すぐには無理だが努力する」


何も喋らない僕に、しばらくして彼が云った。
まさかの約束成立。
彼もそう答えた後、話さなくなった。

ただ、僕をずっと抱きしめながら一晩過ごしていてくれた。
激しい情事で疲れた身体はすぐに眠りに落ちたけど、心は行き場をなくして浮遊しつづけた。
それでも寂しさに拐われずに済んだのは、彼の腕の中で守られていたから。

“お前の要求は全部聞くから、一人で背負うな”
豪炎寺くんの温もりは、僕にそう伝えてくれているようだった。

 
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