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10

家に帰ってからも俺は、吹雪の肌から離れられない。

「……も…………ちゅぅは……だめ……っ……」

「駄目?何でもしていいんじゃないのか?」
俺はキッチンに立つ吹雪を背中から抱いて、白いうなじに唇を押し当てながら訊く。

「今はだめ………立てなくなる……からっ……」
「ならソファーへ行こう。夕食は俺が作る」

問答無用だ。俺は吹雪をリビングにつれていき、ソファーに座らせ口づけを再開する。

「……ん……ふっ…………」

入れられた舌を無抵抗に受け入れる繊細な口内。
とろりとした表情で俺に身を任せる吹雪を愛しく思うと同時に、刺すような痛みが胸を焦がす。

「お前……こういうことも誰にでも許すのか?」

混ざり合う唇を僅かにずらして訊ねると、吹雪が思いきり首を横に振るから、そのまま糸をひいてキスが途切れる。

「……こ……んなこ……と……」
吹雪は手の甲で濡れた顎を拭いながら、涙を浮かべた瞳で俺に訴える。
「ペットにする人いないよっ……」

また“ペット”か。安堵と同時にカチンときた。

「もう二度とペットごっこはするな」

「……君とも?」

「ああ、誰とも、だ」

「……ん…………」

戸惑い顔の吹雪の唇と、俺の唇がまた溶け合う。

役割は要らない、お前はお前のままでいいと、何度言い聞かせただろう?
たぶん頭で理解させても駄目なんだ。
ごっこをしたがるのが、吹雪の心に巣食うある種の孤独感のせいなら、言葉よりキスのほうがまだ埋めやすい―――
そんな勝手な解釈で、吹雪の従順な口内を侵す。
キスがこんなに甘くて深い熱の探り合いだなんて……俺自身も未知の感覚に溺れながら。

「……兄弟ごっこも……もうやめるぞ」
「………!」
吹雪は服の下を這う手に身を竦め、ぎゅっと目を瞑った。
「わか……たから……も……やめ……て……」

「………ああ、やめだ」

やめる?何をだ?行為のことだけか?だとしても俺は、兄弟ごっこもやめるからな―――。
荒くなる鼓動を沈めるように息を吐き、俺は吹雪の胸元をまさぐっていた手をゆっくり引く。

吹雪はソファーでくしゃくしゃになったまま、ぽつりと呟いた。

「…………おなかすいた」と。

「そうだな。すぐに支度しよう」

しかたなく俺はソファーから身体を起こす。

吹雪の上気した頬と濡れた瞳。とろけたままの唇から零れる欲求は、ただの空腹だけなのか。
俺の飢えを満たす対象は、今目の前で無防備に横たわっているというのに、食事の支度が最重要と言われればそこを離れるしかない。

キスがはじめてだったのなら、その先もまだ……だよな?
“兄弟やペットとしないことはしない”というのが吹雪の“ごっこ”の定義なら、セックスなんて当然しないだろう。他に恋人がいない限りは。

邪念ばかり頭でぐるぐる巡らせたまま作った夕食。

吹雪は「美味しい!」と舌鼓をうつが、俺は味覚さえ上の空だ。
味わいたいのは、吹雪の滑らかな肌や繊細な吐息。掻き抱いたときのぬくもりや甘い香りを求めてやまないのだから。


吹雪が先に風呂に入ると、父が静かに帰宅した。
今、父と二人きりで対峙するのは、できれば避けたかったのだが―――

「ただいま」

「お疲れ様です。食事は要りますか?」

「いや、要らない。それより今日の紫野原先生の娘さんへの発言は不用意だったな」

「いえ……」
ある程度身構えてはいたが、こういう時の父は本当に唐突だ。
「あれは本音です」

ダイレクトな反論にも父はひるまない。常に我が道を進む父がこの手の話だけに過敏なのが、俺にはいつも解せなかった。

「とにかく発言には注意しろ。今日は私が取りなしたが、次は無いぞ」

「…………」

何をとりなしたというのだろう?
頼んでもないのに余計なお世話だ、と云いたいところだが、吹雪が近くにいる場で親子喧嘩の引き金は引けない。

「治療に熱心なのはいいが、特定の患者に入れ込むなんてもってのほかだ」

「吹雪は患者じゃありません。治療じゃなく俺は……」
「紫野原家はお前がこの世界で生きる鍵になる。自分の道を見失うな」

「俺の道……?」

鋭い目で俺を見据える父。見返す俺の眼差しも、周囲からそっくりだと小さな頃からよく言われてきた。

確かにこの道は、父の背中に畏敬をもったからこそ歩んできた道だ。

しかし、たとえ父の言う“この世界”に、俺も属しているのだとしても、見ている景色が異なり、歩む道筋も違うこともある。

「私も親同士が決めた相手と結婚して幸せになれた。公私ともにな。お前や夕香がその証だ」

俺は沈黙した。
平行線が交わることもないし、何を言おうと今は不利だから。

二人して今は父の庇護下にいる。
俺の出方によっては、吹雪がこの家を追い出されるから、それだけは回避しなければならない。

 
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