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キスを交わしたことについて、その後お互い一切触れてない。
だが近ごろ吹雪の表情が少し落ち着いて見えるのは、俺にとって好ましい変化だった。
次の週末は、二人でクリスマスツリーを飾った。
なかなか立派なやつで、夕香がいない今年は出さないつもりでいたが、吹雪が来て結局思い立ったのだ。
リビングにツリーを出すのは恒例のことなのに、いつもとどこか気持ちが違う―――
「んー………」
「フッ、届かないのか」
「だって……このツリー大きすぎだもん」
「これでどうだ」
てっぺんに星を飾ろうと、手を伸ばす吹雪の脇を抱えて持ち上げてやると、ふわりと軽くて。
「ありがと。いい感じ」
着地した吹雪は振り向いて「今日は僕が君の妹みたい」と柔らかく笑う。
妹というより…………天使だろ。
沙彩の云うそれではなく、愛らしいという意味でだ。
―――きょうだいごっこはもういい。
そんなことを俺は求めてない。
ツリーに綿の雪を降らせて喜ぶ吹雪を、目を細めて見つめながら、想いが一気に込み上げる。
お前に役割なんて必要ないんだ。
吹雪士郎そのもので、ここにいればいい。
ずっと――――俺が愛すから。
「どうしたの?食欲ない?」
「いや……」
平静の裏で疚しさをこじらせ過ぎたせいだろうか?
ツリーが完成した辺りから、やけに頭が重い。
アドヴェントの季節感に華やぐリビングでの夕食も、たっぷりソースのかかったチキンの味さえ、ほとんど感じなかった。
そして風呂から上がって目眩を自覚した時、ようやくわかった。
俺は高熱を出していたのだ。
あたかも恋の病のように。
「あの……大丈夫?」
風呂に入った後の記憶が断片的だ。
華奢な身体に支えられてベッドになだれ込み、眠りに落ちていた。吹雪の甘い匂いだけ脳裏でずっと抱きながら……
「ねぇ、修也くん。何か……してほしいことある?」
随分長く寝ていたらしい。うっすら目を開けると周りは明るくなっていて。
心配げに問いかける吹雪が、俺の呟きを拾おうと、口元に耳を寄せてくる。
「――――え?」
熱に浮かされた俺の言葉を聞き取った吹雪は、驚いて声をあげた。
「試合の準備!?」
驚くのも無理はないが、今日の午後に外せない試合があるのは事実だった。
それもよりによって帝国との親善試合……つまり鬼道の申し出なのだ。俺が出なければ理由までしつこく掘り下げてきて、後で何を言われるかわかったものではない。
疚しい事情も絡んでいるだけに、勘のいいアイツには詮索されたくないのだ。
「出たいのはわかるけど、さすがの君でも今日は無理だよ」
ユニを用意しながら吹雪は言う。
「大事な試合なら僕がかわりに出るから、一日だけ安静にしてて」
「…………お前が?」
俺は耳を疑い、それ以上思考が追いついていかない。
そういえば、吹雪はサッカーが得意だと父から聞いていたのを思い出す。中学時代、試合出場日数が規定に満たずFF代表には漏れたが北海道に凄い選手がいるという噂も。その“熊殺し”と呼ばれるその男が吹雪である可能性を、その見た目で消去していたが、まさか………
「ただいまぁ♪」
明るい顔で部屋を覗いた吹雪が、ベッドの上でノートPCを開く俺を見て、たちまち眉をひそめる。
「も〜勉強はまだダメだよ」
PCをとりあげる仕草も可愛いが、空いた腕の中に飛び込んでくるから、つい抱きしめてしまう。
「試合、楽しめたようだな」
「うん、何で知ってるの?」
吹雪は無邪気に訊くが、俺は鬼道からすでに今日の情報を沢山受けとっていた。
「1対2で負けたとはいえ、お前のしなやかなディフェンスに、帝国も相当苦戦したと聞いたぞ」
「うん、でも得点が追いつかなくて……負けは負けさ」
「しかし、帝国相手にそれだけ守りで動いて、得点もすれば大したものだろ」
俺の賞賛も本心、そして鬼道の驚嘆もしかりだ。それは試合が終わるか終わらないかの間に、すでに吹雪に関わる情報を即座に調べ上げ、俺に送りつけてきたことからも伺い知れる。
そこには吹雪を表す様々なデータや、サッカーを辞めた理由……雪山の国道での事故や、その後の吹雪の境遇まで記されたレポートまであった。
鬼道のこの迅速な動きから読み取れる意図は、ただ一つ。
「何故ここまでの選手をチームに参加させないのか」という疑問を俺に投げ掛けているのだ―――
「お前、部活入らないか?」
「んー、それはやめとく」
「残念だな。“熊殺し”の名が廃るぞ」
「ふふ、いいんだよ。しばらくは“冬眠”で」
吹雪の両腕が俺の首に甘く絡み、つい口の端が弛む。
「しばらく?いつ起きるんだ?」
問いかけながら俺の唇は、吹雪の髪や額や耳元を擽るように触れている。
まるで恋人同士のように。
「わからない。ひとまず君がいるうちは、あのチームは安泰な訳だし………ぁふ……」
生欠伸を噛み殺した唇にキスをした。
「…………ん………はぁ……くちびる、だめ」
シャワーしたての肌を抱きしめ、唇をなぞりあっているのに、言葉だけが真逆の反応を示す。
「……やっ……こわれちゃ……ぅ………からっ」
キスから逃れて横を向く吹雪の身体の震えを、抱きしめる腕で感じとりながら、俺は気づいてる。
いつか吹雪が自らを不感症だと言ったのは、嘘か、完全な思い違いだと―――。
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