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8

キスを交わしたことについて、その後お互い一切触れてない。

だが近ごろ吹雪の表情が少し落ち着いて見えるのは、俺にとって好ましい変化だった。


次の週末は、二人でクリスマスツリーを飾った。

なかなか立派なやつで、夕香がいない今年は出さないつもりでいたが、吹雪が来て結局思い立ったのだ。
リビングにツリーを出すのは恒例のことなのに、いつもとどこか気持ちが違う―――

「んー………」

「フッ、届かないのか」

「だって……このツリー大きすぎだもん」

「これでどうだ」

てっぺんに星を飾ろうと、手を伸ばす吹雪の脇を抱えて持ち上げてやると、ふわりと軽くて。

「ありがと。いい感じ」

着地した吹雪は振り向いて「今日は僕が君の妹みたい」と柔らかく笑う。

妹というより…………天使だろ。
沙彩の云うそれではなく、愛らしいという意味でだ。

―――きょうだいごっこはもういい。
そんなことを俺は求めてない。

ツリーに綿の雪を降らせて喜ぶ吹雪を、目を細めて見つめながら、想いが一気に込み上げる。

お前に役割なんて必要ないんだ。
吹雪士郎そのもので、ここにいればいい。
ずっと――――俺が愛すから。


「どうしたの?食欲ない?」

「いや……」

平静の裏で疚しさをこじらせ過ぎたせいだろうか?

ツリーが完成した辺りから、やけに頭が重い。
アドヴェントの季節感に華やぐリビングでの夕食も、たっぷりソースのかかったチキンの味さえ、ほとんど感じなかった。

そして風呂から上がって目眩を自覚した時、ようやくわかった。
俺は高熱を出していたのだ。
あたかも恋の病のように。


「あの……大丈夫?」

風呂に入った後の記憶が断片的だ。
華奢な身体に支えられてベッドになだれ込み、眠りに落ちていた。吹雪の甘い匂いだけ脳裏でずっと抱きながら……


「ねぇ、修也くん。何か……してほしいことある?」

随分長く寝ていたらしい。うっすら目を開けると周りは明るくなっていて。
心配げに問いかける吹雪が、俺の呟きを拾おうと、口元に耳を寄せてくる。

「――――え?」

熱に浮かされた俺の言葉を聞き取った吹雪は、驚いて声をあげた。

「試合の準備!?」

驚くのも無理はないが、今日の午後に外せない試合があるのは事実だった。

それもよりによって帝国との親善試合……つまり鬼道の申し出なのだ。俺が出なければ理由までしつこく掘り下げてきて、後で何を言われるかわかったものではない。
疚しい事情も絡んでいるだけに、勘のいいアイツには詮索されたくないのだ。

「出たいのはわかるけど、さすがの君でも今日は無理だよ」
ユニを用意しながら吹雪は言う。
「大事な試合なら僕がかわりに出るから、一日だけ安静にしてて」

「…………お前が?」

俺は耳を疑い、それ以上思考が追いついていかない。
そういえば、吹雪はサッカーが得意だと父から聞いていたのを思い出す。中学時代、試合出場日数が規定に満たずFF代表には漏れたが北海道に凄い選手がいるという噂も。その“熊殺し”と呼ばれるその男が吹雪である可能性を、その見た目で消去していたが、まさか………



「ただいまぁ♪」

明るい顔で部屋を覗いた吹雪が、ベッドの上でノートPCを開く俺を見て、たちまち眉をひそめる。

「も〜勉強はまだダメだよ」

PCをとりあげる仕草も可愛いが、空いた腕の中に飛び込んでくるから、つい抱きしめてしまう。

「試合、楽しめたようだな」

「うん、何で知ってるの?」

吹雪は無邪気に訊くが、俺は鬼道からすでに今日の情報を沢山受けとっていた。

「1対2で負けたとはいえ、お前のしなやかなディフェンスに、帝国も相当苦戦したと聞いたぞ」

「うん、でも得点が追いつかなくて……負けは負けさ」

「しかし、帝国相手にそれだけ守りで動いて、得点もすれば大したものだろ」

俺の賞賛も本心、そして鬼道の驚嘆もしかりだ。それは試合が終わるか終わらないかの間に、すでに吹雪に関わる情報を即座に調べ上げ、俺に送りつけてきたことからも伺い知れる。

そこには吹雪を表す様々なデータや、サッカーを辞めた理由……雪山の国道での事故や、その後の吹雪の境遇まで記されたレポートまであった。

鬼道のこの迅速な動きから読み取れる意図は、ただ一つ。
「何故ここまでの選手をチームに参加させないのか」という疑問を俺に投げ掛けているのだ―――

「お前、部活入らないか?」

「んー、それはやめとく」

「残念だな。“熊殺し”の名が廃るぞ」

「ふふ、いいんだよ。しばらくは“冬眠”で」

吹雪の両腕が俺の首に甘く絡み、つい口の端が弛む。

「しばらく?いつ起きるんだ?」

問いかけながら俺の唇は、吹雪の髪や額や耳元を擽るように触れている。
まるで恋人同士のように。

「わからない。ひとまず君がいるうちは、あのチームは安泰な訳だし………ぁふ……」

生欠伸を噛み殺した唇にキスをした。

「…………ん………はぁ……くちびる、だめ」

シャワーしたての肌を抱きしめ、唇をなぞりあっているのに、言葉だけが真逆の反応を示す。

「……やっ……こわれちゃ……ぅ………からっ」

キスから逃れて横を向く吹雪の身体の震えを、抱きしめる腕で感じとりながら、俺は気づいてる。

いつか吹雪が自らを不感症だと言ったのは、嘘か、完全な思い違いだと―――。

 
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