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7

翌週、紫野原沙彩の部活の休みに合わせて、俺は姉妹と会いに出掛けた。
俺が亜彩に妹と話をさせてほしいと頼んだのだ。
もちろん、吹雪の話を聞かせてほしい、と。

「沙彩から見れば、あの人は“天使”だよ」

駅前のカフェで傍らに楽器のケースを置いた少女は、シフォンケーキを頬張りながらそう繰り返す。

「何故そう思う?」

「この世で生きてる感じがしないもの」

俺の問いに、彼女の答えは明確だった。

「吹雪さんの居場所は、きっと天国にあるのよ」

突拍子もない発想だが、吹雪が自傷に至った理由と何となく辻褄があっている。そして少なくとも紫野原家では、末娘の沙彩が吹雪の一番近くにいたということも透けて見えた。

「だって……吹雪さんって何しても怒んないし、喜んだり悲しんだりも、全部誰かのためでしょ?自分の感情はきっと………家族と一緒に死んじゃったのかなって」

「ああ、ほらまた沙彩のおとぎ話が始まった」
亜彩がフォークを置いて、困惑の笑みを浮かべすぐさまフォローする。

「吹雪くんはよくできた子よ。自分より他人優先なのも、優しいからだと私は思うわ」

亜彩なりに気を遣ったのだろう。
家族の死だとか重い話題が、シフォンケーキ店の席での会話にふさわしくないことは、誰もが承知だ。

「やっぱお姉ちゃんは鈍感だよねぇ」
沙彩は肩をすくめて、困惑顔の姉を横目で見る。
「目で見たり頭で理解できることって、ほんの表面だけよ?その奥のことは、心で感じなきゃ」

妹に諭された亜彩は、また苦笑を浮かべる。

「はいはい、沙彩にはそれができるものね。私も見習いたいわ」

「そうよ、本当に」
軽くあしらう姉からぷいっと顔をそらし、沙彩がまさかの言葉を吐いた。
「お姉ちゃん、豪炎寺さんとの結婚を期待してる時点で、何も見抜けてないんだからね」
「ちょっ、沙彩っ……」

着地点のない姉妹の会話の前で、俺は空気に徹するしかない。
紫野原家での吹雪の様子が伺い知れただけで今日の目的は果たしているのだが、その後の話題が話題だけに、コーヒーの苦みがやけに強く残る。

ケーキの甘さに添えられたクリームが加わり、胸焼けを誘いそうで……こんなときにふと、吹雪と愉しむ夕食後のデザートの美味しさに思いを馳せる自分が、また厄介だ。

今まで当たり前にやり過ごしてきたことも、吹雪との時間と無意識に比べて物足りなさを感じる。
どうかしてると自嘲しながらも、とにかく早く帰って吹雪に会いたい。

それに厄介なのは、俺自身の気持ちだけではない――――



「修也くん♪上がったよ」

洗いたての白い肌に背中からふわりと抱きつかれ、疼く欲望。それをさとられないように、俺は黙って机に向かい続ける。

「いい匂いでしょ?新しいボディソープ、わかる?」

「ああ。わかったから髪を乾かしてこい、風邪をひくぞ」

「大丈夫だよ、こうしてるとすごくあったかいもの……」

このところ毎日こうだ。
風呂から上がると決まって俺に抱きついてきて、滑らかな肌を無邪気にすりよせてくるのだから、堪ったものではない。

「おい、いい加減にしろ」

聞き分けのない相手に、俺は仕方なくPCから目を離し、首に巻きついた吹雪の腕をほどきながら向き直る。

「取り込み中なんだ。見てわかるだろ」

「わかるけど……こうしたままでも勉強できない?」

馬鹿云え。何の我慢大会だ?
俺は盛大なため息をつく。

「はしゃぐお前を背負ってか?やり辛いだろ」

「それって……嫌ってこと?」

「嫌ではないが……」

「よかった。せっかく君が喜ぶこと見つけたんだし、もっとしようよ」

無邪気な言葉に、疚しさを抱える俺はギクリとする。

「俺が喜んでると……なぜ分かる?」

「理由はないけど、感じるんだ」

沙彩と同じことを云いながら、吹雪はバスローブの前をはらりと開いた。

「ね、触る?」

「…………」

「君が喜ぶこと、したいんだ」

無垢な誘惑。
つまりこいつはただ居場所がほしいのだ。
ここでは兄の役。弟から必要とされれば、この家にいる意義が生まれるから。

「これは兄弟ごっこだろ。弟は兄にそんなことはしない」

「じゃあペットだと思えばいいよ」

「お前は人間だ、ペットじゃない」
俺はローブの前を閉じるついでに、吹雪の体をぎゅっと抱きしめる。

「云っただろう?お前はここにいるだけでいいと」

―――止まらない。
強く抱かれて息をつめる吹雪に、俺は思いを吐き出した。

「できればずっと………俺と一緒にいてほしい」

また“変わってる”と一笑に付されるだろうか。

だが返事はなく、沈黙が続いた。

そして―――

「ねぇ……」

吹雪が不意に顔を上げ、大きな瞳で俺を見つめて言う。

「ぼく、キスしてみたいな」と。

してみたい、とは何なんだ?

兄が弟に言う台詞ではないし、俺の喜ぶ顔が見たいという理由で我が身を投げ出されるのも迷惑だ。
だが俺は吹雪のさそいに動揺している。
そして堪らなくなり口づける。

「………んっ………」

重ねた唇の隙間から零れる甘い吐息。

触れるだけのつもりだった柔らかな唇を、舌先でなぞってそっと吸い上げる―――

唇どうしが離れても、互いに言葉はでてこない。

俺は黙ってバスルームに向かい、シャワーに当たって平常心を取り戻そうとした。
なんとか落ち着いて部屋に戻ると、吹雪は俺のベッドで壁を向いて丸くなり寝息をたてていた。

再び机に向かう気にもなれずに、吹雪の傍らに寝そべり目を閉じる。

胸が痛むのは、罪悪感なのか、行き場のない愛しさなのか。
原因がわかったところで、対処のしようも無い。

 
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