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6

やはり吹雪はこの家に対して、いつもどこか気を遣っているのだろうか。
だいたい吹雪の帰りの方が早くて、俺が帰ると夕食の支度が整っている。
回を重ねるごとに料理の味も、俺の好みに寄せてくるのがまた可愛くて。

洗濯をするのはわりと好きなようだが、反面、掃除は適当だから、ひそかに俺の担当になった。
部屋の隅の汚れに目がいかない性分のようだが、それはそれで吹雪らしくて良い。

ただ、気になるのが俺に心を許すにつれ、見え隠れするメンタルの綻びだ―――。


「お待たせ。次どうぞ」

「ああ」

リビングを整頓していた俺が振り向くと、風呂から上がりたての吹雪が、手を取り無邪気に頬擦りしてくる。

「すべすべになったよ、ほら」

「本当だ、キレイになったな」

兄弟らしくあしらおうとするが、どうも勝手が違う。

「触り心地……いい?」

「……ああ」

なぜそんなことを訊くんだ……それもしっとりと甘い声で。
触り心地の好い頬を撫でながら、俺は吹雪の瞳を覗き込む。

「もっと触りたいなら、いいよ」
目が合う前に、長い睫毛のまぶたが降りた。
「どこでも触って……」

接触を許しながら、心を隠すつもりか?
無意識に俺を試してるのなら、その手には乗らないぞ。

「そうか……」
俺は柔らかな頬から手を離し、吹雪の腕を掴んでパジャマの袖をゆっくり捲る。

「えっ……」

「ここ、だいぶ薄くなったな」

「あ……ほんとだ」
吹雪は驚いたように目を開いて、気後れしたように頷いた。
手首の内側の傷跡を忘れていたような素振りだ。
ようやく捉えた瞳の奥に、戸惑いをみつけた俺は安堵する。見失いかけていた感情の色を捕まえた気がしたから。
本当にこいつは油断ならない。
一人にすると、ふとした拍子に感情を手放して、心が勝手に迷子になるのだから。

「これは何をしたんだ?自分でやったのか?」

「んー……半分そうだけど、半分違うかな」

「……どういうことだ」

「沙彩ちゃんに、証拠を見せたんだ」

「証拠?」

沙彩ちゃん、とは紫野原家の次女であることが、話の続きから見えてくる。
信じがたい話だが、紫野原家に預けられていた時に沙彩が吹雪を天使だと言いだして、吹雪が自分が生身の人間だという証拠として、肌を自傷し流れる血を見せたのだという。

「心配しないでいいってば。僕は自傷癖なんてないし」

「いや、十分に心配だ」

澄ました吹雪の不安定な瞳の奥を、離すまいと視線で捉えて応える。

「リストカットはもうしないかもしれないが、お前は危ない。自分を傷つけることに抵抗がないだろう?」

「どういうこと?傷つけたのはこれ一回だけだよ。多分最初で最後……」
「じゃあこれはどうだ?」

俺は吹雪の前あきのパジャマをおもむろに開いた。

「…………」

リビングの照明の下で、吹雪の真っ白い肌が露わになる。

「まだ触りたいの?いいけど……」

驚くふうでもなく、吹雪が開かれた胸を差し出すように俺に一歩近づいた。

そして俺が見つめて離さない瞳を、吹雪は目蓋を閉じてかわす。

俺は黙ったまま、華奢な両肩を包んだ手を平らな胸へと滑らせた。

「あ…………そこもいいよ。僕なにも感じないから」

性感帯の乳頭を避けて触れた手つきに、却って疚しさを見抜かれたようで、俺は頭にカッと血が上る。

「……こういうことを、誰にでもさせるのか?」

「誰でも………じゃないけど、喜んでくれる人になら、たまにね」

「これは性的虐待だ。お前を傷つける行為なんだぞ」

「違うよ、ただのペットごっこさ。撫でるだけの遊びだよ。嫌なことはちゃんと断るし、平気だもの」

傷ついたりはしてないと言い張るつもりなのだろう。
吹雪の“嫌なこと”が何なのか気にもなったが、押し潰されそうな息苦しさに阻まれて……訊けない。

「―――わかった。もういいから休め」

焦げ付くような重苦しい感情に耐えかねて、俺は吹雪のパジャマの前を閉じた。
その感情の正体は、嫉妬以外の何物でもない。


そして真夜中。
ここ数日で変わったことが一つある。

俺が眠りにつくベッドに、先に吹雪が寝息をたてている。
これは俺が頼んだことだ。

傍らに布団を敷いて寝ていた時、眠りが浅くなると無意識に俺を探すように手を伸ばしてきたり、頭をもたげて居場所を確かめるから―――そういう吹雪の挙動が気になって、はじめから一緒に寝れば落ち着くんじゃないかと思ったのだ。

「寒くなってきたから先にベッドを温めておいてほしい」という弟からの申し出を、吹雪は喜んで引き受けた。

この方法はお互いにとって正解だった。

俺は日に日に片付けるのが早くなった課題を終えると、一刻を争って吹雪のいるベッドに入る。

そしてすぐに身をすり寄せてくる吹雪を腕の中に隙間なく閉じ込めるように抱き締めると、吹雪はずっと朝まで落ち着いて眠る。

「ふふ、ありがと……」

眠ろうとしていた俺は、寝言にしては明瞭な吹雪の囁きに呼び戻されて、目を開けた。

「僕の鍵になってくれるのは……君だけだよ」

綺麗に微笑む唇に、思わず口づけそうになった。

守ってやりたいのに、奪いたい。

こんなに人を大切に思うのも、欲しいと思うのも初めてだ。

今の吹雪に欲求をぶつければ、弟の願いとして受け入れてくれるかも知れないが、それじゃ意味がない。

求め合う関係になるには、どうしたらいいのだろう?

感情があちこちに浮遊しがちな吹雪の心と身体を、しっかりと結びつけ抱き締める術を、俺はまだ知らない。

 
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