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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

6

「よお、昨日はよく寝られたか?」

ピッチに立った豪炎寺に、今度はアツヤが声を掛けてくる。

「で、昨晩のオカズは何にした?……やっぱアレか?」
肩に肘をもたせかけてきて悪戯っぽく囁くアツヤの視線が示す先には、靴紐を結び直す士郎がいた。
見ないようにしていたのに―――豪炎寺が息を呑み、ついまた視線を奪われる。


「さ、始めよっか」

士郎が立ち上がりピッチに入ると、自主練していた選手たちが集まってくる。

「まずは基礎メニューを3セット。その後は紅白戦をしよう。メンバー分けは……」
「ハイッ!監督もいない今日は、スペシャルゲストの豪炎寺さんに決めてもらいませんか?」
アツヤが挙手して発言する。
丁寧な口調だが、口角を上げ豪炎寺を横目で見ていて、からかい半分なのは明らかだ。

「……豪炎寺くん、何か希望ある?」
とくに反対意見も出ず、頷くものもいる流れに任せて、士郎が隣を見る。
「そうだな。できれば俺は2TOPと対峙したい。Wプリンス……といっても片方はどう見ても野獣だがな」
「っ……!」

「俺は熊殺しだっ!プリンスなんかじゃねえ!!」
さっそく基礎メニューの走り込みに入る豪炎寺の背中に飛ぶ、アツヤの怒号。
「チクショーマスコミめ〜、テキトーにひと纏めにしやがって!キャラ違うっつーの」
地団駄を踏みながら列の最後につくアツヤを、士郎は苦笑混じりに見送った。


「なあ……昨日アニキに風呂誘われたんだろ?」

着々とメニューをこなす豪炎寺の背後から、またアツヤの囁きが聞こえる。

「やせ我慢しちゃって……全部覗けるチャンスだったのに、お前意外と奥手だな」
「…………」
黙れと言われて引き下がる奴じゃないから、無視するに限る。
平静を装いランニングを続ける豪炎寺だったが、急に眉間に深い皺を寄せ、表情が険しく固まった。
「俺、今でもたまにアニキと二人で風呂入るぜ」
と、アツヤのさらなる挑発がきたからだ。

「おい、そうムキになるなって、落ち着けよ!」
「お前は今すぐ煽り癖をやめろ。昨日も注意されただろ」
言い争いながらグラウンドに入ってくる二人。

目を疑う高速タイムを見て、士郎が首をかしげる。
アップにしてはペースを上げすぎだ。
アツヤだけならまだしも、豪炎寺まで息を切らして汗だくになって……どうしたというのだろう?
まさか自分のことをネタに二人が睨み合い、互いを振り切ろうと競り合っていただなんて、もちろん夢にも思っていない。

紅白戦も前日以上に盛り上がった。

Wプリンスと炎のストライカーの熾烈な対決。
オフェンスの緊迫したぶつかりあいは、何度かメンバーを置き去りにしかけたが、士郎と豪炎寺が要所要所でチームをまとめてゲームを立て直す。


「なあ……アイツいつまでいるんだっけ?」
ハーフタイム、流れる汗を拭いながらアツヤが訊いた。

「なえちゃんたちが帰ってくるまでだから……多分明日か明後日だろうね」
ドリンクを飲みきってしまった弟に自分のを渡しながら、士郎が答えた。

「はあ?決勝トーナメント始まるまでいたってあと3日だろうがよ」
アツヤは眉をひそめ、腹立たしげに舌打ちする。
「どうせ暇な癖に……勿体ぶりやがって」

「ふふ、それって豪炎寺くんに帰って欲しくないってこと?」

ベンチに並んで腰かけた二人は、フェンス際に佇む炎のストライカーを見つめている。
初めて接する異質のパワー。
雪と氷を操る二人には、燃え盛る炎が新鮮でワクワクする。
アツヤは兄の問いには答えずに、豪炎寺を睨みつけ、絞り出すように呟いた。
「アイツ……俺に倒される前に逃げやがったら、ぶっ殺す!」

言葉は乱暴だが、そんなアツヤは“楽しそう”に見えた。

吹雪兄弟と豪炎寺の、息の詰まる勝負は互角。
敗北感も無いが、勝った気もしないから……チームでの戦いならともかく、個のレベルで他に屈したことのないアツヤは、相手を叩きのめすまでやらないと気がすまないのだろう。

士郎もアツヤの気持ちはわかるが、ただ豪炎寺に自分の知らなかった弱点を突かれるのが、妙に心地良かった。
彼は個々の勝負にはこだわってはいない。
ただ真摯に、的確に、ゴール目指して障壁を突破していく姿に、痺れるんだと思う。
男が惚れる男……ってやつだ。染岡も同じようなこと、仲間目線で言っていたっけ。

敵としても天晴れな相手だ―――。


「ひゃっ……!」

「っ……すまん」

練習も片付けも終わった解散後。
夕暮れのロッカー室にいたのは士郎だけだった。
脱いだユニフォームで胸元を隠す士郎の後ろを豪炎寺が通り過ぎ、背をむけて斜め向かい側のロッカーを開ける。

恥ずかしくって、心臓が飛び出しそうだ。
着替えを見られたことが……じゃない。
悲鳴をあげて胸元を隠した自分の反応が、超恥ずかしいのだ。
豪炎寺も豪炎寺だ。
目をそらして謝ったりして……まるで見ちゃいけないものでも見たみたいな態度で。

「ねぇ、僕の身体……何か変?」

「……いや、変じゃない」

「っ……じゃあ、何で視線をそらすのさ?」

士郎は豪炎寺の正面に回り込み……つまり扉の開いた彼のロッカーの前に立ちはだかった。
着替えは済んでいるけれど、豪炎寺は目をそらしたままだ。

「見たいなら……ちゃんと見ればいいでしょ」

「…………」
視線が真っ直ぐこっちを向いて、無言で彼の手が伸びてきて……士郎はビクッと目を瞑る。

「…………」

息まで止めてしばらく静止したままで……上着を捲られる覚悟をしていた自分が、重ね重ね恥ずかしい。


そーっと目を開けると、自分の身体越しにロッカー内の荷物を手探りしている豪炎寺と目があった。

「……酷いなあ、無視?」

「いや……見惚れてた」
大真面目に豪炎寺が答える。
「凄く可愛い顔するんだな、お前」

「っ〜〜」
決死の覚悟で目を瞑る顔を“可愛い”だなんて、どんなラブコメ展開だよっ――――!
顔を真っ赤にした士郎が身を竦め、また目を瞑った。

豪炎寺の顔が不意に近づいてきたからだ。
士郎の耳元に触れそうな唇が囁いた。

「せっかくだが、俺はお前に手出しできない。臨時とはいえ強化委員が派遣先の選手にセクハラするわけにはいかないからな」

言葉は冷静だが、吐息はやけに熱い―――それは、受け止めた士郎の胸の奥まで落ちてきて、波紋のように広がった。

 
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