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“SIRATOYA RESORT”
ヨーロッパの古城のようなそのホテルは、冬はスキー、夏場は避暑地の白恋町随一のリゾートだ。
小高い丘をかけ登り、風情溢れる鉄の飾り看板の門をくぐり抜けて士郎が急ぐ先は、そのホテルの一室で。

ああ、やっぱり……

教会の鐘みたいな音の呼鈴を鳴らし、開かれたたドアの向こうに足を踏み入れると、荷ほどきもせず、ベッドも綺麗なままの部屋。
目の前に立つ豪炎寺のきちんとした服装や、履いている靴も―――すぐにでもここを発とうとしていることが、ありありと伝わってくる。

とにかく、まだ間に合ってよかった。

「……いい部屋でしょ?」

「ああ、そうだな」

ある意味正直な人だ。
端正な顔立ちをこっちに向けたまま、部屋を見渡しもせず即座に返る社交辞令。
ここまで見事にこっちの思いをスルーされたのは、生まれてはじめてだ。
呆れとかを通り越し、揺さぶれない相手にむしろ興味さえ覚える自分も相当あまのじゃくだと思う。

「せっかくだから……少しゆっくりしてくよね?」

「いや、帰らせてもらう」

「どうして?」
士郎はさりげなくドアの前から奥へと追い詰めるようににじりよるが、豪炎寺は動かない。

「ここでの俺の仕事は済んだ。これ以上いても邪魔になるだけだから……」
「邪魔じゃないよっ!」
士郎は張り上げた自分の声に驚いて、ハッ…と口をつぐんだ。

向かいあう豪炎寺は、前のめりに迫る士郎の身体を胸で受け止めるような格好で、真摯な表情を崩さず見つめ返してくる。

「それ…に……仕事だって済んでないし。あと……」
そういや何故僕はこんなにも彼に食い下がろうとするんだろう?
ふと沸いた疑問に自問自答しながら、士郎は半歩後ずさる。
とにかく彼の言動には納得がいかないのは確かだ……このまま立ち去られてしまったら、すごくモヤモヤが残ってしまって決勝トーナメントどころじゃない。

「君は……ずるいよ。自分だけ完璧な仕事を見せつけて……さっさと立ち去ろうなんてさ」

「―――完璧?」
豪炎寺が眉をひそめた。
「そんなふうに見えるのか?」

あ、空気が動いた―――。

帰る方向一点を向いていた豪炎寺が、ため息を一つついてベッドに腰掛ける。それを見て士郎は内心ほっと胸を撫で下ろした。
機嫌良さそうには決して見えないが、とにかく今は引き留めさえすればいい。

「そうだよ、君は……無意識に僕を頼るアツヤの殻を破っただけじゃなく……」
はじめて間近で見た本物のファイアトルネードを瞼に浮かべながら彼の隣に座り、士郎は続ける。
「存在感たっぷりの凄いプレイを……全員の前で見せつけて。それで何も言わずに帰るなんて……格好よすぎるじゃないか」
ほんと、ずるいと思う……と肩をすくめて口を尖らせる士郎の仕草に、豪炎寺の纏う空気がクスッと揺れた。

「随分と……俺を高く買ってくれるんだな」
相変わらず口調は堅いが、言葉は次々と紡ぎ出されていく。
「だが殻を破ったのはアツヤ自身だ。俺自身はお前のマークに終始し、試合作りどころじゃなかった……おまけにそれをアツヤに指摘されてカッとなり、腹いせのようなシュートを撃っただけだ。褒められた話なんて一つもない」

謙遜じゃないってことは、悪びれたような表情でわかった。
こんな顔もするんだ………
「……へぇ、意外」
士郎は目を丸くして肩をすくめる。
「君、見かけによらず謙虚で真面目なんだね」

「見かけによらず、とは何だ?真面目と言われることは、寧ろよくあるぞ」

「あはっ、ごめんごめん……でもさ……」
ムッとする豪炎寺を、士郎が慌ててなだめる。
「仕事が終わったんなら……少し遊んでいきなよ。ねっ、いいでしょ?」
微細な変化だが、豪炎寺が思ったよりたくさんの表情を見せてくれるから……自然にこっちも和んでしまう。

「遊ぶ?そんな暇…」
「一日くらいいいじゃないか」

「……」
「僕につきあうと思って……お願い」

「……」
眉をひそめて小首をかしげ、手を合わせてお願いのポーズをされれば……さすがの豪炎寺も反論を呑み込むしかない。

「……あ、そうだ。知ってる?この部屋には素敵な露天風呂がついてるんだよ」
それがどうしたと言いたげなため息を無視して、士郎がニコニコしながら豪炎寺に両手を差しのべる。
「天然の良い湯だから入っておいでよ。着替えの浴衣とか僕が用意しとくから、ひとまずほら……いこっ♪」
「おいっ……」

士郎の両手に背中を押されながら、風呂場に向かう豪炎寺。
一日くらい泊まる暇がない訳じゃないし、明日帰らなければいけない用事も特段ない。

ただ、本能的に……豪炎寺の奥底で、ここに長くいないほうがいいという強迫観念のようなものが疼くのだ。

理由はいくつか思い当たる。

一応許可は得ているものの自分は白恋の正式な強化委員でないから。深く立ち入って掻き回すようなことを、絶対にしてはならないと思う。

そして何より……
掻き回されているのは、自分自身もだ。
何故だか知らないが、雪原のプリンス・吹雪士郎に、妙に心を揺さぶられるのだ。

「さ、君も早く脱いで」
「っ……お前は脱ぐな!」

「何で?今日のお礼に背中くらい流してあげるよ」
「礼なんて必要ない!」

あれ?
なんか顔……赤くなかった?
やけくそみたいに脱衣場に服を脱ぎ捨て浴室に消えた豪炎寺がピシャリと閉めた扉を、士郎は目をぱちくりさせながら見つめていた。

 
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