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中学最後のフットボールフロンティア。
連覇を目指してフィールドをともに駆け抜ける筈だった仲間同士が、全国各地のサッカー強豪校に散らばり、違うユニフォームを着てぶつかり合う―――
こんなことになるなんて、誰が想像しただろうか。
そして派遣校の敗退とともに一人ずつ消えていく「覇者雷門」のメンバーたち。
絶対的エースストライカーだった豪炎寺も、決勝トーナメントを前にフィールドを去ったうちの一人だ。
『信じられないよ。お前がいないFFなんてさ』
時折かかってくる電話の向こうでは、雷門の仲間が異口同音にそう言って、ため息をついている。
今やっていることは間違いではないと、みんな頭ではわかっている。
だけど、気持ちの片隅では―――皆で目指すはずだった“FF連覇の夢”に置き換わる強い思いを、未だに探しあぐねているようにもみえた。
去る者も、残る者も関係ない。
行き詰まり、閉塞したとき“突破口”を探るときには、結局は雷門の仲間に救いを求める者も少なくない。
決勝トーナメント進出を決めた北の強豪・白恋中に派遣された染岡も例外ではなかった。
『なあ、豪炎寺。あの話考えてくれたか?』
「あの話? それは断ったはずだろう」
甘いことを云うな、とばかりに豪炎寺は電話の相手を即座に突き放す。
バルセロナ・オーブとの親善試合での完敗の直後、雷門中サッカー部の解散を告げられた時にも、いち早くそれを受け止め、迷いなく進んできた男だ。
FFという目標はついえても、サッカー熱に翳りがないことは、その口調からありありと伝わってくる。
『や、でもよ…』
「強化委員の目的、わかってるな?」
派遣校を奮い起たせ、FFでのプレーでその魂をぶつけ合うことが、強化委員のミッション。
自分の派遣校以外への直接の介入はルール反則……と、豪炎寺は云いたいのだろう。
『っ……けどこっちの主力はアクの強い兄弟が二人揃ってんだぜ?特に片方が手に負えなくて……』
「それがどうかしたのか?俺のところは我の強い兄弟が三人いたぞ」
『違げーんだよ!パワーがっ。相手は熊殺しとかで下手したら俺より怪力で……裏で動いてる響木さんも手を焼いてんだぞ』
「そうか。響木さんが動いてるなら、なおさら俺の出る幕じゃないな」
『ググッ…』
くっそ―――この堅物め!!
あっさり通話を強制終了された携帯画面を睨むように見つめ、染岡は歯軋りする。
よ〜し、もうこうなったら……“あの手”を使うしかない。
豪炎寺をよく知る“天才ゲームメーカー”の助言。
正攻法ではテコでも動かないだろうことを……染岡だって十分に見越していた。
見てろよ、豪炎寺。
―――送信―――っと。
染岡が豪炎寺に送ったのは、このために用意しておいた、とっておきのデータだ。
続けてメッセージを添える。
“とにかくこいつを徹底的にマークして欲しい。頼む、お前にしかできない仕事なんだ”
これでヨシ、あとは待つしかない。
LINE画面に既読がついたのを確認してゴクリと唾をのみ、染岡は携帯をポケットにしまった。
そして、数日後。
作戦の狙いが的中し、撒いた餌に釣られたのか―――本当に豪炎寺修也が白恋町に現れたのだった。
(すげーな鬼道、サンキュ)
心の中で呟きながら、染岡は空港のゲートで手を上げる。
「豪炎寺、ありがとう。来て貰えてホント助かったぜ」
「ああ」
エナメルを肩に提げた豪炎寺は、まるで入れ替わりに旅立つようなリュック姿の染岡に目礼する。
「早速で悪りぃが、俺、決勝の仕込みで二〜三日留守にするんで……」
「……仕込み?」
「ああ、ちょっくら山籠りだ。今回のカギになる選手が一人いて……俺がそいつに付いてる間、例の兄弟を……頼みたいんだ。な、この通り!」
「…………」
鋭い目つきで眉をひそめる豪炎寺の機嫌を伺うように、いかつい顔に媚びた笑顔を浮かべて染岡が手を合わせる。
その時だ。
「アンタっ……雷門のエースストライカーやろ?カッコええね〜」
「あ、コラッ……」
染岡の背後から、ぴょこんと飛び出した少女が、制止を振り払って豪炎寺に歩み寄り、ぺこりとお辞儀する。
「ね、うちのこと知っとる?」
「いや……すまないが、知らないな」
「失礼やなぁ〜。うちは白恋のエースストライカー白兎屋なえやで。よろしゅうお願いやんな☆ あ、そうや。せっかくエース同士が会えた記念に……」
「おいコラッ!よせって!!」
「何で邪魔すんのっ!?ユニフォーム交換なんやけど。リスペクトしあっとる者同士当然やないのっ」
「アホか。ユニフォーム交換は試合後にやるもんだ。それ以前にお前女だろっ、恥じらいってモンは……」
「うちはただの女やないもん。姫やもん〜」
「てか、隠れとけって言っただろ!お前は秘密兵器になんだからよ」
―――何なんだあれは?
膨れながら手足をばたつかせるなえ。引きずっていく染岡は、気まずそうに豪炎寺に手を振る。
あんなのと山篭もりとは大変だ、と豪炎寺は呆れ顔で見送る。
見るからに手のかかりそうな女なのに……あれより熊殺しの兄弟とやらの方が厄介だと言うのか?
やはり不本意だ。
こんなこと引き受けるべきではないのに、どうして来てしまったのだろう。
豪炎寺は深刻な面持ちで、重い足どりを白恋中へと向けた。
そして、そこで―――自分をここに連れてきた、抗えない衝動の正体を知ったのだ。
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