12
「おい……大丈夫か」
抱きしめたとたんに崩れる士郎の身体を、豪炎寺が腕の中で捕まえる。
「のぼせたのか?」
白濁の湯に浸からせた士郎の顔を覗きこみ、色づく頬に首をかしげた。
しばらく湯の外にいたから、冷えるのを気にした程なのに……。
「ん……だいじょ……ぶ」
鼻にかかった返事を聞きながら、背中合わせで士郎の身体を支えて座る。
その声が妙に色っぽく胸を擽り……ある意味のぼせそうなのはこっちだ。
やけに高鳴る鼓動と、疼く血流。
湯に浸かる二人の頭上には、粉雪が激しく舞っている。
背中にとろんと凭れている士郎を視線だけで伺うと、潤んだ瞳でただぼんやりと宙を見上げる表情に、またそそられて。
「雪……止みそうにないな」
「うん……今夜は僕……もう帰れないかも」
「っ……まだそんなことを…」
「だって……ほんとに無理なんだ」
士郎は激しく雪の舞う宙に手を差しのべながら呟いた。
「雪女が来た夜は、もう身動きがとれないよ」
迷信めいた言い分にも納得させられてしまうのは、闇に舞う雪に溶け込む士郎の美しさの虜になっているせいなのだろうか。
「……あ、どこいくの?」
「すまないが、先に上がるぞ」
背後の士郎に上擦りを極力抑えた声を掛け、豪炎寺は立ち上がった。
「俺の方がのぼせたようだ」
そう言い残し、浴場を後にする。
駄目だ。
かなり惑わされている。
越えてはいけない一線を認識しながら、新雪みたいな士郎の真っ白な裸体を見ていると、つい魔が差しそうで。
この美しい獲物に今にも貪りつきそうな自分の獣性を、遠ざけて抑えるしかない。
「……も〜ひどいよ。せっかく綺麗な雪景色、君と見たかったのにさ」
濡れた髪をバスタオルで拭きながら脱衣場を出てくる士郎が、窓際に立つ豪炎寺の背中を少し睨む。
「本当にここへ泊まる気なのか?」
あっというまに真っ白になった窓の外の景色を、豪炎寺が真顔で見ている。
「そうだけど……」
窓際に近寄って、豪炎寺を上目遣いで見上げる士郎。
「ダメなの?」
豪炎寺は愛らしい表情から視線をはずし、士郎の肩にかかったタオルで濡れた髪をゴシゴシ拭いてやる。
「それは俺が判断することじゃない。今すぐ家に電話しろ」
何だよ冷たいなぁ、と膨れながら士郎はカバンの携帯に手を伸ばした。
彼のタオルドライのほどよい力の加減を心地よく感じながら――
家との電話はすぐに終わった。
「雪女が来たから」と伝えれば、すぐに「今夜は動かない方がいいね」で、あっさりお泊まり了承。
“ありえねぇ!”と背後でアツヤが歯ぎしりしているかもしれないが“自然の脅威”から身を守る方針には逆らえない。
「おやすみ」
壁を向いて横たわる豪炎寺の背中を抱きしめるように、士郎がベッドに入る。
「……おい、あまりくっつくな」
「ぬくもり、伝わるでしょ?」
士郎はお構い無しに頬を擦り寄せて訊ねる。
こうやって好き勝手できるのも、豪炎寺が嫌がってないような気がするからだ。
「…………」
相手がしばらく黙りこんだと思ったら、回していた手が、不意に温かい手にぐっと掴まれる。
ああ……よかった……
やっぱり彼も満更じゃないみたいだ。
それにしても……彼の背中……あったかいな……
「あふ…」
士郎は小さな欠伸とともに、ぬくもりに頬を埋めて目を閉じた。
ちょうど彼の胸辺りで握られた手は、まるで抱きしめられているような安心感を伝えてくれる。
すこしせつなくて、すごく幸せで―――
いつのまにか、とても深く眠っていたようだ。
明るい部屋のどこかで、くぐもった携帯の着信音に目を開けると、自分の身体がすっぽりと彼に抱きしめられているのに驚く。
「――もしもし。あ、はい――――ええっ!?」
豪炎寺の腕からようやく這い出して、ぬくもりの余韻に包まれぼんやりした意識のまま、士郎は目を丸くして電話を握り直した。
「い、今!?」
『当然だろ!決勝トーナメント前の最後の練習だぞ!色ボケ頭切り替えて、さっさと下で待っとけ!』
家族の車に乗るアツヤの怒鳴り声。
士郎の着替えを積んで、もうこっちに向かっているようだ。
「あの、雪は……」
『んなの跡形もねーよ!下界はずっと晴れてたしな!』
早く支度しないと、アツヤたちが来てしまう。
急なお泊まりで、まとめる荷物も特にないのだけれど、整理が必要なのは“気持ち”の方で―――
「豪炎寺くん。僕もう行かなくちゃ……ひゃっ!」
別れを告げようと近づけば、ベッドにずるずると引きずりこまれて……迎え入れられた腕の中でキスの雨が降る。
「あっ………やっ……そ……なとこっ……ひゃ…ぅん……」
首筋や耳まで撫でる唇や、服の中を這いまわる掌が、擽ったくて震えるほど気持ちいい。
「……また……会えるかな?」
「勿論だ。俺とつきあってほしい」
乱れた服を直しながらベッドの端に座る士郎の、うなじに触れた唇から伝わるセクシーな声。
寝ぼけてるのか、どこか自制がきかなくなっている豪炎寺が愛しくて……士郎は後ろ髪を引かれながらも、部屋を後にする。
「おはよ」
「おう」
ロビーを出ると、車寄せには見慣れた車が停まってる。
アツヤにじろじろ見られながら定位置に座る士郎は、今までにないうしろめたさに身を竦めている。
「アイツに何もされてないだろうな?」
士郎は黙って頷いた。
少なくとも自分が求める以上の無理強いなどはされてない。
「うん、サッカーの話をたくさんしたんだよ」
「へぇ〜そりゃ良かったな」
冷めた反応で受け流すアツヤの横で、士郎がぽつりと呟いた。
「雷門の遺伝子、植え付けられちゃったかも―――」
「は?遺伝子……って、お前ナニされたんだよっ!?」
「ふふ、何にも。ただ……」
顔色を変えるアツヤをよそ目に、士郎はうっとりと車窓の景色に視線を移した。
「FF戦うの……すごく楽しみ」
兄の頼もしげに輝く表情に、豪炎寺の強いオーラの片鱗を見た気がして……アツヤの怪訝な顔が驚きに変わったのは言うまでもなかった。
強化委員とWプリンス*完
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