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11

送られる視線から仄かに滲み出る警戒心。

彼の眉間に刻んだ皺が、湯船に浸かっていても消えていないのは、やっぱり……僕が恋愛に長けた軽いやつに見られてるから?

たしかに出会ったばかりの相手を入浴に誘ったり、部屋に泊まりたいと言いだしたり……そう思われても仕方ない態度だったかも。
でも本当に、誰にでもそんなことはしない。
彼にだけ……しかも衝動的なもので、自分でもコントロールできなかったんだ。

(でも豪炎寺くんだって不慣れには見えないじゃないか……)
士郎は湯けむりの向こうの横顔を、改めてじっと見つめる。
端麗を絵に描いたような容姿。
知性と野性の絶妙なバランスと、真摯さと、程よい骨太感と。
“自分から人を好きになったのは初めて”というのは信じたとしても、色恋と無縁かどうかは別な気がした。

不意にたつ水音。
立ち上がる人影を目で追えば、湯気を纏い現れた均整のとれた裸体は、まるで美術の教科書にある勇者の彫刻みたいだ。
でもその褐色の肌は大理石とは違う。血の通った温度感が、視覚からも生々しく伝わるようで―――

どうしてこんなに、彼に深入りしたいんだろう。

サッカーが上手いから?
容姿が良いから?
ひたむきさに引かれるから?
思いつくもの全部があてはまるし、それだけでは全然表しきれない。

神秘的な場所を探険したい気持ちにも似てるけど、切なさもあって。
この先二人が遠距離になってしまうのはもちろん仕方ないことだ。
それでもどこかで繋がったままでいる方法を、途方に暮れながら手探りしている―――


「あの……背中流そっか?」
「っ……」

黙々と身体を洗う豪炎寺の背中に、士郎がそっと手を触れる。
ギクリとして振り返る豪炎寺の目前には、洗い場に両膝をついて上目遣いでこっちを見ている全裸の士郎がいた。
幸か不幸か、月や星を隠す雲のせいで、身体の細部までは見えないけれど。
新雪みたいに真っ白な肌の色がただ眩しくて。

「ありがとう」

豪炎寺は背を向けて、洗い場に視線を戻した。
太腿に被せていたタオルを、昂りに気づかれないようこっそり付け根まで引き上げながら……

「冷たくない?」

石鹸を泡立てた手が、豪炎寺の背中を滑る。

「逞しい背中だね」

アツヤとは違う……と言おうとしたのを、士郎は寸前で呑み込んだ。
嫉妬なのかは不確かだけれど、他の輩を引き合いに出すのを豪炎寺があまり好まないことを、なんとなく学習していたから。

何の言葉もかわさないまま、泡まみれにした相手の背中。
ついでに覗いた横顔に、ハッと胸を突かれる。

さっきまで険しい顔ばかりしていた豪炎寺が、目を閉じて口元を心地よさげに緩ませていたから。

「君は……」
気をよくした士郎は、思わず優しく語りかけていた。
「いつまでこうして背中洗ってもらってた?」

「……誰にだ?」

「ふふ……家族の他に誰がいるのさ」

「……覚えてないな」

遠すぎる記憶に、豪炎寺は目を閉じたまま苦笑する。

「えー? 幼稚園のときとか、あったでしょ?家族でお風呂とか」

「……そうだな」

一応肯定してみるものの、思い当たる節はない。
その頃の記憶で鮮明なものといえば……サッカーに一生懸命だったこと位しかなくて。
母が生きていた頃の出来事は、何となく“幸せだった”という概念のなかに集約されていて、一つひとつの記憶としてはあまり形に残っていないのだ。

「君、兄弟はいるの?」

「ああ。妹が一人いるが……」

夕香が生まれる前から、もうサッカーに夢中だったから。
入浴なんて、ゆっくり入るものというより、フィールドで汗と泥に塗れた体を洗い流すイメージしかなくて。

―――ああ、だから。風呂のことをあれこれと楽しげに語る士郎に心を擽られたのか。
何だかやけに新鮮で、微笑ましくて、浮き立つようで。弾みで抱きしめてしまいそうな衝動さえ沸く。

「―――おい」

士郎の手が止まっているのに気づいて、豪炎寺が声をかける。

「そろそろ流してくれないか」

「うん……」

泡だらけの背中に額を押し当てて。そのまま額を擦るように、士郎は頷いた。

「これからは僕が……君にぬくもりをあげるからね」

―――ぬくもり?

言葉の意味が呑み込めない豪炎寺は目を見開くが、思考は動かない。
何を温めようというのだろう?
ここの外気は冷たいし、背中を行き来する士郎の手も、自分の肌より温度が低い気がするのに。

「…………あ、ごめん。体冷えちゃうよね」

いや。
頭で解らないだけで、身体は知っているのだ。
たしかに自分は士郎に温められている……危うい熱を煽られるほどに。
豪炎寺は無意識にまた目を閉じた。

背中を洗い流す湯さえ、自分でやるときと違って撫でるように優しい。

幸せとか、ぬくもりとか、幼少の思い出のなかに一括りにして置いてきたと思っていたものが、別の熱になって体中を巡りだしている。


「あ……」

湯船に戻った豪炎寺が士郎の声に振り返ると、泡だらけの白い裸体が洗い場で空を見上げていた。

「今年は早いなぁ。もう雪女がきたんだ……」

まだ10月になったばかりなのに珍しいな。
そう思いながら、士郎は岩の間から森を見下ろした。
夜の景色一面に吹き荒れる細かい雪の美しさは、毎年見てるのにいつも新鮮で心踊る。


「寒くないのか?」

背中から強い力で包まれながら耳元で訊く声。
密着する異質の肌に士郎は息を詰めた。

触れあった瞬間の、痺れて溶けるように浸食しあう感覚。

互いに口にしなかったけれど、本能が何か決定的な一線を越えて―――二度と後戻りできない気がした。

 
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