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「#幼馴染」のBL小説を読む
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10

「そうだ、風呂に入る前にこれを」
豪炎寺に呼び止められて始まった二人のミーティングは、もう一時間継続中だ。

自分たちの仕上がりについて、豪炎寺にアドバイスを頼んだのは士郎の方だ。
彼の目から見たチームの情報が、FF勝利に役立つと思ったから……夜にホテルで二人で会うための口実ではない、決して。
もちろん引き留めたい思いはあるけれど、疚しい動機だけではなかったはずだ。

でもそれにしたって、この内容は濃い。
去年の覇者・本家雷門の強さは、この半端ない“本気度合い”にあるのかもしれない。

「でも凄いね、今日一日でこんなに……」
「話したのはすべて決勝トーナメントで戦うための課題だ。メンバー全員が覚悟してやれば、概ねクリアできるだろうが……完璧は目指さなくたっていい。最後に必要なのは“思いの強さ”だ」

「……ありがとう」
最後に渡されたノートを受け取ったとき、その“思い”の欠片の重みがずしっと胸に響く。

“思いの強さ”で勝つ……そんなこと意識せずに、白恋はここまで力と技の差で相手を圧倒してきた。
それだけじゃ届かない未知の領域が、FFの決勝トーナメントにはあるというのか。

ページをパラパラとめくると、今話していた内容が、ポイントを絞って的確に記されていた。
攻めに長けた相手には、こんなにも脆く映るのか……強敵から見た自分たちの姿を、本番前に知れて良かったと改めて思う。

「あ、でも、このノートは……」
「返さなくていい。それは白恋のためのものだ」

……白恋のため……
真摯な言葉がまた胸を刺す。
彼の本気は常に桁違いだ。
学校の枠や委員の役割に関係なく、サッカーに全身全霊で対峙する姿勢。
それは母校にいても、北の果ての他校にいても変わらない……これが頂点を知る選手のスピリット。

「今日……ここへ泊まっていこうかなぁ」

「は?そういうわけにはいかないだろ」

「朝までミーティングするから、って言えば多分うちは大丈夫だよ」
なぜか慌てた様子の豪炎寺に、士郎は涼しい顔でつけ足した。

「嘘はよくない。ミーティングもこれで終わりだ」
「えー、堅いこと言わなくていいじゃん」

喜んでくれるかと思ったのに、つれない反応を見せられて、士郎の頬が膨らむ。

「本番前だぞ。普段と違う行動は避けるべきだ」
「大げさだよ。寝る場所が違うだけじゃないか」
「その“場所”が問題だろう?キスした相手の部屋だぞ?」

キス……と彼の口から出た途端、今度は士郎が赤くなって固まる。

「一つのベッドで朝まで俺と二人で過ごして……何事もなく済むと思うのか?」

「…………」

そんなこと大真面目に言われたって、士郎は返事できない。
眉間に皺を刻む彼の表情には、とてもキュンとくるのだけれど。

何事もなく済むなんて、思ってない。
現に、もうキスとかしてるし。
でも彼が試合前の身体に無理を強いることも……まず無いだろうと思ってた。

自分に好意を寄せる相手が手出しできない状態でいるのに「一夜をともに過ごしたい」と言い出すなんて、たしかにずるいのかも―――。


「ねぇ」
黙りこむ豪炎寺の背中に凭れ、士郎は甘えた声を出す。
「……温泉は?」

理性が欲に克つ自信が揺らいでいる。落ち着くまで待とうとしていたのだが、落ち着くどころか身体の芯が燃えてくるばかりだ。

「ああ、行こう」
豪炎寺は平然を装って立ち上がり、クローゼットからホテルのバスタオルを取って一つを士郎に渡す。

「ありがと」
白くてふわふわのタオルを両手で抱きしめた士郎は、にこにこしながら豪炎寺の後についてくる。

こんな可愛い獲物と二人きりの密室で裸になるなんて、拷問だな―――と豪炎寺は思う。
けれど満更でもない。
惚れた相手の肌や、プライベートな顔を見たくない筈がないのだ。



「ふふ……いい気持ち」

白濁の温泉に浸かった士郎の肌は湯よりも白く、機嫌よくツルツルの腕を撫でている。

そんな士郎から目をそらすように、豪炎寺は外の景色を見ていた。

「かけ流しで成分が濃いから、体に良いんだって」
湧出し口の湯に指で触れながら、士郎は話す。
「こんな山奥にホテルを建てたのも、温泉が出たからなんだよ。白兎屋監督のおばあちゃんが夢枕に立ってね。言いつけ通りの場所を掘ったら湧いてきたとかで……」
「なかなか凄い話だな」

相槌をうつ豪炎寺だが、どこかうわの空なのが士郎は少し気になっている。

「星もきれいなんだけど……」
空を見上げて士郎が呟いた。
「ざんねん、今日は曇ってるね」

言われても、全然そうは思わない。
今の豪炎寺には、士郎しか見えていないから。
たとえ満天の星が輝いていたとしても―――


その岩風呂はまるで鍾乳洞の中のようだった。
神秘的な形に溶食した岩の隙間から見下ろせるのは、静かな夜の森だけだ。

「あのさ…」
士郎が近づく気配に、豪炎寺が身を固くする。
「僕、誰ともこんなことしないよ。君だけだから……」

甘い雰囲気で距離が縮まれば、ついスイッチが入りそうだったから。極力そっけなく突き放していた豪炎寺の言動が、士郎には不機嫌に映ったらしい。

「ホントだよ。だから機嫌なおしてよ」

「違う……」
振り向くとすぐ近くに士郎がいた。
肩まで湯につかって、けなげな上目遣いでこちらを見ている。
抱きしめたいけれど、こんな状態で肌を合わせれば、間違いなく相手を危険に晒す。

「機嫌が悪いわけじゃない」

「……ほんと?」
ホッと息をついて目を伏せる士郎の睫毛の長さに、ついタガが緩む。

「お前……きれいだな」
「えっ、、」

むしろ二人でこうしていられて嬉しい……と伝えるのが照れ臭いから別の言葉に言い換えたつもりだったのだが……結局本音が漏れて、ますます照れ臭い。

「顔……だけ?」

「いや。声もしぐさも……全部だ」

一瞬不安げに眉をひそめた士郎が、胸を撫で下ろす。
「よかった。でも性格は……正直自信ないよ。そのうち幻滅されないか心配だなあ」

「そんな心配はいらない」
いじらしい言動が可愛すぎる。
フィールドで見るより一回り華奢に感じる身体が、隅々まで気になってしまう。
「全部すきだ、と言ってるだろう」

「……うれしい」

物腰は柔らかいけど気まぐれ。
ふだんは優しい言葉に包んで本音をはぐらかす自分の口から素直に零れたきもちに、士郎も驚いていた。


 
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