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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

9

アンティークな呼鈴の音が、ドアの向こうで鳴るのが聴こえる。
“SIRATOYA RESORT”の彼の部屋の前で、吹雪は少し不安げに俯いていた。
早く来すぎたかな……?

練習が終わるまでグラウンドにいたけれど、その割にはまだ日も沈みきっていない。
しっかり私服に着替えて、手土産を抱えて。なんだか満を持して駆けつけた感ありありな気がして……

すぐにドアが開いて、現れた彼を見てホッとする。
きちんと私服を身につけて……きっと彼も約束のときが来るのを待っていてくれたのだ。

「お疲れ様」
「ああ、お疲れ」

真面目な顔をして、少し照れながら目を合わせる二人の雰囲気が、なんだか擽ったい。
デートの待ち合わせってこんな感じなのかな……と考えてから、ありえない発想に驚いて、慌てて追い払う。

「これ、お土産。一つは君のお家用、こっちは今ふたりで食べようかと思って……」
「ありがとう」
豪炎寺は家用と言われた菓子箱を素直に受け取って、纏めた荷物の上に大事に置いた。
そして備え付けの電気ポットで、手際よくティーバッグでお茶を作って持ってくる。

「これはね“お月見”っていう商品なんだよ」
ベッドに腰掛けた士郎が、包装を解いた丸い箱の蓋を開けると、黄身あんの透けた丸い餅一つを囲んだいくつかの白うさぎ餅がかわいらしく並んでいる。

「綺麗だな」
「ふふ、食べよっか」
にこやかに言われて頷いてはみたものの、実のところは差し出された丸い箱の中身よりも、士郎の微笑の方がふわふわで美味しそうだ。

「あつっ……ごめん。僕、猫舌なんだ」
湯呑みを受け取ろうとして手を引っ込めた士郎は、申し訳なさそうに肩を竦める。
「そうか、ならしばらく冷ましておこう」
豪炎寺は頬笑むように目を細め、手にしていた湯呑みをベッドサイドのボードに並べて置く。

彼ってどうしてこんなに人をキュンとさせる表情ができるのだろう―――士郎は胸の高鳴りをさとられないように、そっと切ない息を逃がす。

「……さ、どうぞ」
「ああ」
隣り合って座った二人は、箱の中からうさぎの餅を一つずつ摘まんだ。

口に入れると、指先の感触以上の柔らかな舌触りに豪炎寺は目を見張る。
「……美味いな」
そう言いながら豪炎寺の視線はお菓子じゃなく、丸い箱の乗った士郎の白い膝やしなやかな脚を盗み見てしまい……心の奥でまた疚しさを募らせている始末だ。

「甘いもの……あまり好きじゃないみたいだね」
「いや、そうでもないんだが」

うさぎ餅の合間にお茶を何度か口にする豪炎寺と、それを気づかう士郎。

甘く、繊細で触れたらすぐに壊れてしまいそうな均衡が二人の距離を保っている。
互いに近づきすぎないよう気をつけながら、時の流れを伺っていた。
このまま何もなく別れなければいけないのに、このままではいられない焦燥をひた隠しながら……。

「あ……お月様」

「……?」
最初はなんのことかと思ったが、士郎が箱を覗きこんでいるのを見て、餅のことだと理解する。

「どうする?半分こする?」

肩にもたれ掛かるように士郎に覗きこまれた豪炎寺は、ドキリとして目をそらした。

「分けるのは無理だ。それはお前が食べろ」
「ダメだよ。すごく美味しいんだから。君にも食べてほしいんだ」

“君に”じゃなく“君にも”って何なんだ。満月を形どった餅は一つしかないから、どちらかが食べるしかないじゃないか。こんな柔らかい餅、形が潰れるから半分にはならない。
“君にも”という発言に深い意味はないのだろうが、悶々としてしまうのは自分の疚しさのせいだ。

「ね、食べて」
「いや、俺は家に貰ったのを、帰って食べるから……」
「ううん、できたての方が美味しいから、今食べて」
「っ……」
食べて食べてと連呼するな。ムラムラするじゃないか。

豪炎寺は自棄ぎみに、差し出された箱から黄味あんの透けた満月の餅を摘まんで、口に含んだ。

「どう?」
目を輝かせて訊いてくる士郎。
返事の代わりに豪炎寺の指が柔らかいプラチナの髪に分け入り後頭部を引き寄せる。

驚く間もなかった。
引き寄せられた士郎の顔に、豪炎寺の顔も近づいてきて―――唇が重なった。

「ん………っ」

あたたかくて端整なぬくもり。
唇の隙間から入ってきた餅に、そっと歯をたてると、大好きな黄身あんの香りと甘みが口内に広がっていく。
「………んむ……」
咀嚼する唇の滑らかさを味わうように、豪炎寺の唇が包むように撫でる。
ふたつの口唇で混ざってとろけた餅とあんが喉を通りすぎていっても、接触は終わらない。
「………ぁ…………ふ」
二つの舌が甘みの残る互いの口内をさぐり、唇をなんども確かめあう。
お菓子の甘さは消えていくのに、感触の甘さは触れるたびに増して、身体を芯から熱く溶かしていく。

「……あっ……」
深まるキスに任せて二人の身体が密着したとき、浮いた士郎の膝から滑り落ちた箱が、二人を正気に引き戻した。


「なあ……」
床に落ちる前に辛うじて受け止めた箱をベッドの上に置きながら豪炎寺が口を開いた。

「温泉入ろうか」

「えっ……!?」
みるみるうちに士郎の顔が赤くなり、ぶんぶんと首を横に振る。
「それはっ……無理っ……絶対無理」

「こないだお前が誘ったんだろう?」
「今は……もうダメなんだよっ」
上擦る声で士郎は否定する。

君が……変なスイッチを入れたんじゃないか。
お湯にさえ感じてしまいそうに過敏な肌を、よりによって君に観察されるなんてまっぴらだ。

「お前をもっと見たい」

「なっ……」
耳元で囁く声にびくりと震えながら、士郎は豪炎寺を睨んだ。
「何……で?」

「好きなやつのこと、もっと知りたいと思うのは……当然だろ」

さらりと成された告白。
好意にはなんとなく気づいていたけれど、改めて告げられる言葉に士郎の胸が震えた。

「君は……男をすきになれるの?」

「男も女もない。お前にしか……こういう気持ちになったことがないから」

ああ、僕もおなじだ―――と士郎は思った。

視界が翳って、また唇が重なって。
切ない熱を優しく吸いとるようなキスに、試合前の自分を気遣ってくれてるのがわかる。
彼はこんなときでもやはり、強化委員を忘れてない、と士郎は思った。

 
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