マッチ売りの少年 | ナノ
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 エピローグ

吹雪との蜜月を過ごすうち、春が過ぎ、
夏の終わりに差し掛かった。



「サッカーボールは武器じゃない。フィールドは戦場じゃない。情熱や、才能に、自由を取り戻そう!」

衆院選の始まりと共に、カリスマ党首が新党を率いて立ち上がった。

第五政権のスポーツ軍事省の元大臣・財前氏だ。


彼は
『新エネルギーによる自動化社会』
『ナショナル・スペシャリスト制度の廃止』
をマニフェストに掲げ、吹雪の研究分野である "氷の転移熱発電" の実用化や、特殊能力保持者を国からの完全管理から解放することに力を入れていた。

第五政権が特殊な能力に秀でたものを強制的に完全管理するようになって以来、自分の持つ優れた能力を隠す者、技能を伸ばすことを恐れる者が増え、なるべく頭角を表さないようにする風潮が日本を取り巻いている。

これを真っ向から否定し、スポーツなどの各分野をを政治から切り離して末来ある子供たちに自由や夢を取り戻したい―――というのが財前元大臣の考えだった。

彼の提唱する『アンドロイド・プロジェクト』は、アンドロイドの活用により有能者を国が囲い込む制度を撤廃し、誰もが好きなことに情熱を燃やし、夢に向かって前進できる世界の実現を目指すものだ。

たとえば軍事サッカー。

戦争の代わりにスポーツで国際政治問題の決着をつける、『スポーツ軍事協定』は平和的な観点からはメリットが高い。

だが各国代表選手たちの背負うものはあまりに重く、観る者も、プレイする者も、スポーツを楽しみ夢を与える試合とはほど遠い。
死傷者などの直接的な犠牲はないが結局は“戦争" なのだ。

現に選手の暗殺や自殺などの間接的な犠牲者は後を絶たない。

ならば選手をアンドロイドに成り代わらせ、軍事サッカーを完全なゲームとしてプレイさせてはどうなのか。

数年前から俺は、この財前大臣の『アンドロイドプロジェクト』の実証実験の被験者を買って出ていた。

そして吉良会長の賛同と資産投資や父の研究リソースの提供を得て、異例のスピードで自らの精巧なアンドロイドを世に送り出すことに秘密裡に成功している。

自分とすっかり成り代わり、世界の大舞台で活躍するアンドロイド。
この成功事例が財前側勢力の強力な追い風になることは間違いない。

そして吉良財閥にとっても新たな軍事産業の主力製品の売り出しの、格好の機会にもなるわけだ。



時は、満ちた。


その日は、日曜日だった。
前日の土曜日も休日で、1日の半分をベッドの中で甘ったるく吹雪と過ごした。

かつて吹雪が一人で過ごすには広いと感じた部屋には、2人の日用品やいつの間にか小さなキッチンまで備え付けられていて、少し遅めの朝食の良い匂いを漂わせている。


察しのいい吹雪は、この新しい旋風を俺も共に起こしているということに気づいているのだろう。

選挙のことにはあえて一言も触れずに、ここ数日間ただ俺の傍らで様子を伺っているように見えた。


そして、その “時" の到来は
非常に衝撃的なものだった。


俺がコーヒーを運び、吹雪がトーストとベーコンエッグをテーブルに置き何げなく立ち上げたTV。

悲痛な表情のニュースキャスターが目に飛び込み、続いてショッキングなテロップが俺たちの脳裏に悪夢のような一撃を食らわす。

―――日本政府軍エース・豪炎寺修也、アジア杯決勝で凶弾に倒れる―――

「何…………これ」

さすがの吹雪もガタンと立ち上がり、青ざめて俺を見る。

「吉良会長もえらく派手に打ち上げたものだな」

アンドロイド一体を惜しげもなく破壊するとは、宣伝費にしても莫大すぎるだろう。

そう思った矢先、チェストの上の携帯が振動した。

『豪炎寺君か。不味い事に君の複製が“暗殺”されたよ…』

吉良会長の深刻な声が耳に飛び込む。

本当に “事件" だったというのか。どちらにせよ俺は、一刻も早く下山し、タネあかしの会見をしなければなるまい。


「吹雪……」

どうやら時が来たようだ、と言い出す前に、吹雪が震える手を俺の背に回して「行くんだね?」と愛らしく気丈な声で訊く。

「……ああ」

楽園から引き摺り下ろされるような未練と共に俺は頷いた。

「そう…」

伏し目がちに首を傾げ「いってらっしゃい…」と吹雪は温かい微笑みを作る。

「慌てないで行くんだよ。下りる時の方が断然迷うし怪我しやすいんだから。もし沢に突き当たったら、辛くても一旦分岐まで引き返し……んっ……」
「ありがとう。そうする」
俺は吹雪の心配げな言葉をキスで包むように遮り、離れた唇で微笑みを交わしあう。


そして
いつも通りの朝食を摂ってから部屋を出た。


「あの……夜を越すには少し軽装過ぎじゃない?」
「大丈夫だ。これがある」

心配げに呼び止める吹雪に振り返り、俺はブーツに装着したナイフと、愛用のパーママッチを示した。

「あ!それ……」

「これは優れものだぞ。燃料は何でもいけるし、1万回でも使えるらしい。オマケの発火石も良く点くしな」

吹雪は顔を赤らめて目を丸くして俺の手元のマッチに釘付けになって…………それから可笑しそうに眉尻を下げて訊く。

「ふふ……誰がそんなこと言ったのさ」

「俺の初恋の、マッチ売りの少年だ」



長い、長いキス。


唇をすれすれに離して「気をつけてね」と囁く艶かしく美しい恋人のぬくもりが胸に迫る。

「必ず帰って来てね」

「ああ、迎えに来る」


再会するのはそう遠くない未来。

きっと世界は大きく変わっているはずだ。

『アンドロイド政策』の有効性を証明し、新政権誕生の追い風を巻き起こす見返りには―――
吹雪との将来のために、法改正でもしてもらうつもりでいる。


「迎え……に?」

「ああ」

不思議そうに首を傾げる恋人を目の前に、俺は今にも口から飛び出しそうな言葉をぐっと胸の奥に呑みこんだ。


“結婚しよう" と。


いつか現実の約束の言葉として口にできる
“その時" のために―――。






マッチ売りの少年*完

ありがとうございました!


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