マッチ売りの少年 | ナノ
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 6

僕をここへ運びこんだのは、血相を変えた豪炎寺くんだった、と後で聞いた。

ぐったりとして虫の息の僕を抱え、馬を走らせて。


父の名を叫びながらゲートを強行突破する豪炎寺くんの防犯カメラ映像を観たのは、やっと僕の視力が回復した、その年の暮れのことだった。


君と出会ってからもう、3度目のクリスマスが近づいているだなんて。

農園の小屋で一緒にチキンを頬張った昨年のことが、夢よりも遠く感じる。

だって、あの頃より今どれほど深く彼を知り、彼のことを奥底まで感じてきたのか……。

もう、どうしたってこの深みからは這い上がれない。


映像は研修室に切り換わり、講義中だった先生を中座させ半ば強引に僕を託す必死な彼の姿をカメラは促えていた。

この時彼は、僕の名前を父に告げ1本のメモリスティックを手渡したのだという。

『これはsp-04の中枢データ。吹雪のバイタルデータも入っています。コイツは恐らくこの国の貴重な逸材。回復後はどうか “幸せ" な形で社会に組み込んでやって欲しい』と。

息子のあんなに灼けつくように切実な懇願の目に会ったことはなかったよ。と先生は少しおどけたように苦笑した。

実はここは医療施設じゃないから断わろうとしたんだが、容態があまりに悪そうなのと………

「君がアウトローだと聞かされて…」

色々と苦労をしてきたようだね、君も。

そんな中で…修也の側に居続けてくれて有難う。
そう言って頭を下げる先生の厳しい眼光の奥で温かいものが光る。

この人は僕たちの関係や、二人の間で何が繰り広げられてきたのかを、僕の体の記録データから概ね把握しているんだろう。

先生への信頼感が勝っているとはいえやっぱり照れくさい。



「回復したばかりで悪いんだが、吹雪くん。早速君に相談がある」

カメラの録画映像のモニターを消し、先生が真顔で僕に向きなおって言う。

「君を、ナショナル・スペシャリストとして登録させて貰いたい」
「っ―――!」

僕の不安を察した先生は「大丈夫だ。君を政府には渡さないから」と励ますようにつけ足した。

「君を研究分野のナショナル・スペシャリストとして私の管轄下で育てたい」
「研究……分野?」

「ああ。研究といてもここに籠るのではなく、君のその身体能力や適応力を生かしたフィールドワークだ」

―――春になったら、北海道に住んでみないか?

先生の静かな申し出は、僕の心を揺らした。

「え?」

北海道。

突然に耳にした懐かしい故郷の地。

でも僕……ひとりで?
あそこは緩氷河期に入ってすぐに国から全域を居住不能区域に指定され、住民はこぞって本州に移住したはず。

「いや。勧告を受けて8年経つが、末だ北海道を離れず、寒冷地でも人が住める環境を作り出そうと努力している人間が、僅かだが秘密施設に存在している。君にはそこに合流してもらおうと思う」

「…………」

「こちらからの同伴者も “1台" いるぞ。あと……そうだ。昨日修也から、君の忘れ物も届いていたな」

「あっ……」

豪炎寺先生の後ろの出入口から現われたのは………

「……sp-04っ!」

僕は顔を輝かせてベッドから飛び降りsp-04を抱きしめ丸い頭に頬擦りした。

「オ―――オ久シブリデス」

「君、よく無事で………」

「無事ドコロカ。ボディヲ新調シテ パワーアップシマシタヨ。モチロン寒冷地仕様デス。アト、オ届ケ物ハ コチラデス」

「わぁっ!ありがとう」

僕がマッチ売りの時から愛用していたあのお下がりのジャケットと、彼が僕に新しく誂えてくれたというグレーのフカフカのロングコートをぎゅうっと抱きしめる。

『メリークリスマス。これは俺からのプレゼントだ。お下がりで悪いが、な』
『……メリークリスマス』

“あの時" の君とのやりとりが、まるで昨日のことのように、甘酸っぱく僕の脳裏を駆け巡る―――

逢いたい。

君は今、どうしているの?


いても立ってもいられなくなって僕は先生に訊ねた。

「先生、このモニターを使ってもいいですか?」
「ああ。構わないが…?」


その日ひと晩中、僕はWeb機能を持つsp04をモニターにつないで、僕が伏せっていた半年間の豪炎寺くんに関する試合や報道情報をくまなく調べて閲覧した。


千宮路政権の計画はやはり滞りなく進められているようだった。

『千宮路政権の秘蔵エース・豪炎寺修也、吉良財閥会長と養子縁組成立、両者連携強化か』
というニュース見出しに胸が痛む。

彼は結婚…………したのかな。
血眼で探したけど、そういう話は噂レベルしか見つからない。

ただ夏前に研崎さんが解雇され、その後の豪炎寺くんの吉良財閥への傾きぶりは異様に思えて、僕の胸を酷く騒がせた。



崩落と転換*完




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