マッチ売りの少年 | ナノ
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 5

一見和やかに見えるけれど、隙のない張り詰めた空気。

眉間に皺を寄せ、心配げに僕を目で追う豪炎寺くんの表情から、歓迎とはほど遠い雰囲気を感じ取る。

彼の隣に連れてこられた僕は、向かい側の父娘にニコッと微笑み「失礼します」と頭を下げた。


「君も豪炎寺くんの関係者なのでしょう。さぁ、私たちの祝茶を共に飲みましょう」

「……はい、ありがとうございます」

僕は相手側のお父さんに勧められるまま彼の隣の席に座る。


「君、名前は?」

「吹雪…士郎です」

少年なのですか、と吉良会長が驚いたように言うから、僕はとりなすようにつけ足した。

「……はい。僕の主人は一途なお方です。女性は生涯、奥様になる方お一人と添い遂げたいと。それで身の回りには異性を置かれないんです」

「…………なるほど…そうですか」

吉良会長は一応頷いた。


「身よりのない少年を拾ってきたんです。今後も手離すつもりはないがお許し頂きたい」

正面に座るお相手の彼女の表情が翳るのを気にせず豪炎寺くんは断言し、僕はギョッとして彼の顔を見る。
その瞬間―――
膝に置いていた僕の手を、机の下で豪炎手くんの手がぎゅっと握った。

離さない、とでも言うような強いカと温もりで……
僕の心はこんな時でも切ないときめきに震える。




「さぁ、そろそろ飲み頃でしょう」

「そうですね。頂きましょうか」

首相と会長の声が合図になり、給仕さんがそれぞれの器に茜色の香しいお茶を順に注いでいく。

茶こしを通ってガラスの湯椀に綺麗に拡がる液体を眺めながら、彼の手の温もりを感じて………。

また今夜も抱いてもらえるとばかり思ってた。

なのにまさか、これが
“ご主人様" と僕との最後の温もりの共有になるなんて―――。




「いただきます」

絡み合う指をそっとほどいて硝子のカップを手に取り、お茶を口にする。

特別感たっぷりの深い香りと味わいは、確かに特級品だろうけど、むせかえりそうだった。

そう―――
このとき初めて僕は彼の住む世界を“空気"ごと実感したんだ。

これが、塗り固められた"完壁"。

すべてが美しく型に嵌まりソツがなく質もいい。
冷静の裏で渦巻く機知も策略もすべてを呑みこんで…………とにかく息がつまりそうだった。

こんな世界のトップを彼はずっと走り続けてきたんだろうか。

生活は何ひとつ不自由ないんだろうけど、マッチ売りだった僕の方がずっと自由な気がする。


鶏小屋に棲んでても、輝く朝日は地球と自分を分け隔てなく照らしてくれる。

澄んだ空気を胸一杯に吸い込んで「今日は何をしようかな」と考える時は多少空腹でもワクワクしていた。

『するべきこと』で埋め尽くされた君の24時間。
脈拍や眠りの深さまでモニターされ、人を愛することさえ政府の管理下にあるなんて。



「さあ、ご挨拶も済んだし、吹雪くんはもう下がりなさい」


頭がぼんやりする。
ここの濃厚過ぎる空気に寄ったのかな?

それでも研崎さんの言葉にせかされるように、
僕は重い頭を抱えて立ち上がった。

「大丈夫か」

足許の覚束なさを心配する豪炎寺くんの声に頷いて大丈夫と答え、僕はなんとかその場を去った。




部屋へ帰ってから…………
ううん、帰るまでの記憶さえほとんど無い。


辿り着いた自分のべッドに崩れるように倒れて。


sp04のアラームが鳴り出し、それさえも意識の外へと遠のいていった――――









目覚めたのは、病院らしき広くて白い壁の一室。


「神経系の毒のせいだな。視覚野が一時的に壊れているようだが………どうだ?私が見えるか?」

「…………」

霞んだ視界に…………
"あの人"に似た色素の濃い切れ長の目に、眼鏡の奥からじっと見詰めてられているのが朧気にわかる。

焦点がおかしいな。中枢領域の精密スキャンを頼む―――。
誰かに指示した声の後で、強い眼差しが僕に戻ってくる。


「君が…………修也の愛する子なんだな」

優しい声が、凍えた心に沁みた。

「…………しゅ…や、って…」

掠れた声が譫言みたいに乾いた唇の隙間から漏れる。

「君のことは修也から必死の思いで託されている。安心したまえ。君の治療も…その先のことも含めて私が面倒を見るから」

「まか……せる?あなた……は?」


フッ…と笑ったように空気が揺れた。

そして

「君さえよければ……父さんと………呼んでくれないか?一人息子の修也と同じように」
と、はにかんだような声がする。



僕はこの人が誰なのかハッキリと確信し、ほっと安堵の息をついた。



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